軍用日本刀 戦場の軍刀0

戦 場 の 軍 刀 The Guntō of a battlefield

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ビルマ・マンダレー郊外の敵陣地に肉迫する陸軍将兵(昭和17年5月頃、陸軍報道班撮影)
戦場でのこうした軍刀抜刀状景を見ると、野戦指揮刀の意味合いが良く理解できる

The army soldiers who close in upon the position of the enemy of the Burma Mandalay suburbs
(Army press crew photography at the May, 1942).



北部ビルマ・シュエダウン近くの対戦車肉迫攻撃の状景(陸軍報道班撮影)

The situation of the closing-in attack to the tank near the northern part Burma Syuedaun
(Army press crew photography).


上掲載の写真はネガから印画紙にプリントされた原写真




             歴史写真会(東京市神田区鎌倉町八番地の二)の月刊誌表紙(昭和17年9月号)
「全ジャバ島の初等学校教員代表に日本武士道を紹介す」とある。軍刀の柄の握り方に注目して戴きたい (写真は着色加工されている)

 The soldier of Japan which introduces Japanese Bushido to the first school teacher representation of all the Java islands. It is cautious of how to grasp the Tsuka of a Guntō.



ブル島ナムレア飛行場占領の海軍陸戦隊 ( 抜刀して進撃する士官 )
The naval brigade occupied the Namler airfield in Buru.





  ↑西部ニューギニア島に敵前上陸する海軍特別陸戦隊

 「皇威洽(あまねく)南海」との南海は、南支那海に点在する諸島群を呼ぶ
 一般的には南沙、中沙、西沙、東沙諸島群を指す

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  中央軍刀を佩用しているのが士官

  The naval brigade who lands at Western New Guinea.

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南洋諸島  抜刀して突撃を開始する海軍陸戦隊士官

In the South Sea Islands
The naval brigade officer who extracts a Guntō and starts a rush.




 南洋諸島の基地にて

 零式三座水上偵察機(愛知航空機製)に、軍刀を携えて乗り
 込む海軍偵察士官。
 日の丸上部の黒い金具は7.7o機銃の受け座。
 防諜の為に機銃は消されている。
 軍刀の鞘と柄の色はモノクロ写真に着色する作業者の判断
 に依るもので、実際の色とは限らない。
 一般的に海軍の鞘は、革覆いを含めて黒色である。

 基地要員が、水上機まで搭乗員を背中に負ぶって運んでい
 る。実に現実感が漂う風景である。


 On the base of the South Sea Islands

 The navy flight officer who gets in a Zero type third
 float reconnaissance plane (product made from the
 Aichi airplane) with a Guntō.


 日本刀の切味以下の写真は、総て月刊誌「歴史寫眞」より抜粋した。写真の説明書きには軍の検閲番号が付いている。
 戦前・戦中の日本にはカラーフィルムが無かったので、出版印刷段階でモノクロ写真に着色する専門技術者が居た。
 当時の出版物の紙質は極めて悪く、印刷技術も粗末である。本例では大きいものを選んだが、殆どの写真が小さくて不鮮明である。
 軍機密から、写真の撮影場所は伏せられたものが多い。(黄変色した写真は筆者が修復した)



( 写真資料ご提供: 「東郷会」野尻勝馬様 )



     
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戦 う 興 亜 一 心 刀

The Kōa-Issin-tō which got damaged on the battlefield


 戦場における士官軍刀は、指揮刀の役割が大きい。
 然し、戦況の終局の場面では、当然武器として使われた。以下は、激戦で使われた興亜一心刀の姿である。
 
 The officer Guntō in a battlefield has a large role of a command-sabre.
 However, naturally in the scene of the end of the war situation, the Guntō was used as arms. The following is Kōa-Issin-tō's figure used by the severe battle.





満身創痍の興亜一心刀。切っ先から鎺元まで刃毀れ・刃捲れ・打ち傷・擦り傷で戦闘の激しさが偲ばれる
傷の付き方から、戦中、戦後の単なる試斬の傷ではない



   
     



鎺元に近い刀身側面の深い打ち傷。皮鉄と同等以上の硬度を持った鋭い物体に依り付いた傷である(右上)
蜘蛛の巣状の錆びは血脂の錆びと云われる
A nicked edge, the edge which got turned up, and rust like a cobweb on the edge.
Rust like a cobweb is man's blood and oil.


 
 



興亜一心刀の錆びは白錆びが多い。経験ある研師の話しでは血脂に依るとの見解であった
The color of the rust of a Kōa Issin Swords is whitish.



切っ先から刀身中央まで鎬も激しく削られ、棟(峰)にも打ち傷と擦り傷
A Shinogi is deleted violently.
刃部の刃毀れ・刃捲れ(刃部で白く光っているのは手前への刃捲れ)




 刀身の創痍に比べて茎は大変綺麗である。
 興亜一心刀の鋼材は和鋼と違う為に錆びの色も異なる。
 茎を見る限り不錆鋼のような感じがする。
 錆び難い刀身と云われていた。

 A Tang is very beautiful compares the crack and rusting  of a blade.
 A Kōa Issin to is the blade which cannot rust easily.


 銘: 興亜一心 満鐵作之                       
 Mei: Kōa Issin Mantetsu Koreo-tsukuru

 裏銘(年期)
 辛巳(かのとみ=昭和16年)春
 Uramei: The spring of 1941
                      シリアル番号: カ 二三六
                      Serial Ka 236



           佩用将校は誰だったのであろうか

 
 


(盛 泰寛氏所蔵)





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