軍刀余録 外装補修0

軍 刀 外 装 補 修 に 挑 む

素人に出来ること | 軍刀 | 軍刀について | 軍刀制定勅令類 | 軍刀金具細部 | 軍刀金具と色
ページ内検索  事前準備 |  塗料と色調 |  塗装と電気メッキ準備 | 電気メッキ


始 め に

 入手した帝国陸海軍の刀剣外装は、できるだけ自然の儘が良い事は論を俟(ま)たない。
 美的にも自然に年代を感じさせる古びた物はそれなりに趣きが有るものである。
 只、物事には全て限界というものがある。
 妥協点に個人差はあるが、他の要素等を総合して入手はしてみたものの、我慢の限界を超えた外装を入手するケースもある。
 特に外装金具にこの傾向は強い。
 鍔外周の塗色剥(は)げなど「剥げが自然な物」には逆に存在感が有って趣きを増すが、塗色が「醜(みにく)く剥げた物」、酷(ひど)く汚れた物、緑青(ろくしょう=あおさび)の出ている物、金差しやメッキが極端に変色したり黒化変色した物などは、美的にも何とかならないものかと思うのは人情と云えよう。
 それ と、新製時はどんな状態だったのかという点にも興味があった。
 健全性を失った酷い状態の刀身を再研磨したくなる心境と同じものである。酷い刀身を我慢する人は少ない。

 そこで、筆者が過去数年に亘(わた)り、素人なりに試行錯誤した金具と外装補修の経験を述べてみる。
 但し、「金具の色」の項目で触れた様に、当時の塗膜や調色手法は不明であった
 アマルガム金差しは公害で素人の手が及ばない範疇であり、刀剣専門メッキ会社(色上げも行う)に頼んでも、現代の素銅(すあか)鍍金の仕上がりは、軍刀金具の褐色系の色とかなりかけ離れて仕舞い、望む結果は得られなかった(需要が無いので真剣に取組んでくれないこともある)。
 当時、色上げと塗装の二種類あったと思われる「褐色」は、素人として塗装で再現する外はなかった。
 従って、本項での「褐色」、「金差し」、「瀬戸鍍金」は「疑似再現」と云う事での説明となる。
 酷い状態でも「現状」を尊重するか、ある程度の状態に修復するかは将に個人の主観という外は無い。
                                      陸軍刀金具は金属色上げ及び塗装の二種類があった
                                             「色上げ」は「古来の技・伝統技術」の項を参照

使 用 機 材


九四・九八式金具の魚子地、桜花葉模様(小縁以外)の塗装

 仕上がりの結果から、吹付塗装が前提となる。吹付(噴霧)塗装はミクロン単位の均一塗膜が実現できる。
 筆に依る手塗は簡便ではあるが塗りムラを生じ、塗膜が厚くなって魚子地や微細な模様を潰して仕舞うので不適。
 筆者は、その為、模型や絵画用微細噴霧のできるエアコンプレッサー/エアブラシ(オリンポスピースコン)を使用している。
 エアボンベ式の簡易エアブラシ(15.000円位)も有るが、噴霧圧力と吐出量が調整できず、ボンベのエアは直ぐに無くなってボンベ
代が結構高くついてしまう。只、手塗より綺麗に仕上がり、一振り分の金具ならこれで充分と云える。


ハンドピース(エアブラシ)
 HP-PC102B
 微細な吐出量と塗装範囲が簡単に
 調製できる (\26,000)    →
 用途に依り各種あるが、精密塗装
 にはこれが適している
 
 

 ← アドコン4004Tコンプレッサー(本体:\73,500)
  及びエアフィルター、圧力調整計、ホースのセット
  本体はエアタンク装備で安定したエアが供給できる
 
  ※ メーカーの「オリンポス」は2008年に廃業したが、関係者が別の会社を立ち上げて現在も商品は供給されている。
     http://www.olympos-airbrush.jp/
    類似商品のメーカーが存在するが、機能・性能ではこの装置に適わない。    
 

  注意: ホームセンター等で売っているエアゾール塗料は、望む色も無いが、建築・家具、自動車等に使う物で、軍刀金具等の
     精緻な塗装には、吐出量・塗料粒子の大きさ・塗膜の厚さからから全く使い物にならないのでご注意下さい

九四・九八式金具の小縁・太刀型金具、猿手・目貫・小切羽タテシノの金メッキ、小切羽小刻みの銀メッキ

 メッキ(鍍金)は有害・有毒液を使う為に、従来は家庭でのメッキは不可能であった。
 ところが「プロメックス」という家庭で使える無害のメッキ装置が存在する。貴金属・電子部品等に使われている。
 軍刀金具の「金差し」は、水銀公害・技術の面で素人では現在困難な為に、筆者はこれを使っている。

 伝統技術の「アマルガム鍍金」は東京芸大はじめ大学の芸術学部や、彫金・金工の専門分野で現在も伝承されているが、それなり
の技術と有害物質に対処する作業環境が必要となる。素人の手に負えるものではない。


    プロメックス
  セット価格(\36,000)
    

 これの特徴は、メッキ溶液が特殊なペンに封入されていて、ペンに+電極を接続し、メッキされる金具側に−電極を与えてペン先
のフェルトから滲み出るメッキ液で簡便にメッキが実現できる。
 プロメックスメッキ装置はインターネットで検索すれば通販で簡単に入手できます。
 金・銀・銅等の各種メッキ液が準備されていて極めて簡便ではあるが、本体は安いものの、メッキペンが極めて高価な事が「玉に傷」と云える。



1

事 前 準 備

(塗装と鍍金の場合)

1.金具の取り外し

 九四・九八式・太刀型・海軍短剣の金具はマイナスネジ止めの金具を含めて「膠(にかわ)状の接着剤」で固定してある。
 松ヤニと菜種油を煮て混ぜた「くすね」であろうか。接着剤が着いていない金具は縁と鉄・アルミ鞘の口金のみ。
 接着剤は経時変化で焦茶色のベークライトの様に固形化している。この金具の取り外しはかなり苦労する。

 準 備

 @ 兜金固定兼猿手受金具の取り外し
   この金具にはネジ式と圧入式の二種がある。外見では解らず、金具が回転するか否かで見極める外はない。
   一応手で左廻りに回してみる。先ず簡単に廻る物は殆ど無い。廻らなければ「クレ556」の錆び止め・潤滑剤を兜金と固定金具
   の隙間に細いノズルで吹き付けて様子をみる。
   これで回転しない時は細くて薄いマイナスドライバーを隙間に軽く打ち込んで、箸などを使いテコの原理で固定金具が動くか
   どうかを試してみる。圧入式なら動いて外れる筈である。
   これで動かない時はネジ式と判断してペンチを二個用意する。
   ペンチの先端部で金具を掴(つか)む処に必ずマスキングテープ(後述)を巻き付けて金具に傷を付けないようにする。
   ビニールテープは滑って不適。真鍮は軟らかくてペンチで直接掴むと必ず傷付くので要注意。
   二個のペンチで左右の固定金具の頭を左右から押しつける様に掴み、左に廻す。
   大体この方法で外れる。外した金具のネジ山には必ず潤滑油「クレ556」を塗布してメンテしておくこと。

 A 木槌又は金槌、マスキングテープ、カマボコ板、刀枕
   マスキングテープは模型店で売っている模型用(例: タミヤ製)を使う事。巾6o〜12oの各種あるが巾広が便利。
   ホームセンターで売っている安い建築・内装用マスキングテープは糊がべたついて大切な外装を汚して仕舞う。
   このマスキングテープは外す金具の小縁の傍の鞘に張り、当木のカマボコ板が鞘を傷付け無い為に使う。
   カマボコ板は外す金具小縁の肉厚部に当てて木槌・金槌の力を金具に伝える。金具を傷つけない効能が大きい。
   刀枕は金具を叩く時に鞘や柄が動かない様に足で鞘・柄を踏みつける部分に枕として使う。
   絨毯やカーペットの上で作業する場合は要らない。

 金具の取り外し方

   マイナスネジを外して以下の要領で鎚で叩いて外す。
   1) 左手で当て木を金具小縁肉厚部になるべく寝かせて当て、一個所叩いたら次は真反対を叩く
   2) 金具外周の各所を1)の要領でこまめに叩いて行く。一個所を集中して叩く事は厳禁
   3) 絶対に強く叩かない事。金具材質は軟らかいので強く一気に叩くと傷を付けてしまう


 鉄・アルミ鞘に限って云えば、中の入れ子鞘を外して、金具を電熱器、
 ドライヤー、家庭用高圧スチーム、湯煎で熱して接着剤を溶かして取る
 方法も有る。
 湯煎と高圧スチームを除けば、鞘の塗料が変色又は剥離しないよう充分
 な注意が必要。

 但し、鮫皮巻木鞘や、柄の鮫皮は熱と水分に弱いので、この方法は危険
 を伴うのでお勧めできない。

注意: 海軍短剣の金具外しは極めて困難。理由は、Locket(佩鐶輪胴)とDrag(石突・鐺に該当)の面積が広い為に接着剤面積も当然
   広く塗られて頑強である。小縁の肉厚が軍刀に比べて薄いので金具を破損する恐れがある。
   電熱器で金具を暖めて接着材の膠を溶かす方法を実験された方がおられる。
   鮫皮巻木鞘から煙りが立ち上がる寸前まで熱して取れたと云う。これは神業に近い。
   一歩間違えれば鞘を駄目にしてしまうので、余程の勇気と損傷を覚悟した人でないと出来る業では無い(参考迄)。
   従って、海軍短剣は極力外装状態の良い物を最初から求める事が要諦といえる。

2. 金具の汚れ落としと研磨

(本例は塗装が前提。「色上げ」をする場合は別の処理となりますのでご注意下さい)

 用 具;スチールウール、真鍮ワイヤブラシ、耐水ペーパー、工業用不織布サンド、中性洗剤、歯ブラシ
  
  スチールウールで金具表面の汚れを落とし綺麗に磨く。スチールウールは日用台所用品売場で簡単に手に入る。
  タワシ状・螺旋状・蚕(かいこ)の繭(まゆ)状の物があるが、必ず蚕(かいこ)の繭(まゆ)状の物を使う事。
  これが金属表面を一番精緻に磨いてくれる。他の物はフライパン磨きとかには良いが金属表面が荒くなる。
  繭(まゆ)状の物を小さくちぎって使う。これだけで殆どの汚れ落としと磨きは処理出来る。
  ワイヤブラシは桜花葉模様等の微細な凹凸部や段差の激しい部分でスチールウールが届かない処に使う。
  その時はワイヤブラシを先に使い、その後でスチールウールを使う。
  工業用不織布サンド(例: 住友3M社製、DIY店で簡単に入手可)は透かし鍔の透かし部分で手の届かない処の研磨に便利である。
  これを細長く切って透かしの中を通し、鍔を固定して不織布サンドの両端を両手で握り研磨面に接触させて往復運動をすれば簡
  単に手の入らない処が研磨できる。荒目・中目・細目と有るが細目で充分である。
  汚れが頑強な処には最初に荒目を使い、最後に細目で仕上げる。
  鍔外周断面のエッジが鋭く立っている処には、#400〜500番の水ペーパーで軽く一回なぞってやる。
  一方向に一回だけで決して往復させてはいけない。塗膜に他の物がぶつかった際に生じる小さな塗装剥げを防ぐ為である。
  透かし鍔以外の中期以降の型打ち鍔は、本来塗装を掛けないのでこの工程は不要。

  最後に台所中性洗剤で金具を水洗いする。先ず手を洗剤で充分に洗い、手の油分を取っておく。
  次いで不要な歯ブラシに洗剤を付けて金具を丹念に洗う。歯ブラシを使う理由は凹凸部にブラシが入って洗い残しを防ぐ為。
  金具用洗剤は専門家の意見では「ママレモン」が一番強力との事であった。
  食器洗いには、手や自然環境保護他の要素があるので必ずしもこれが台所洗剤のベストという意味で言っている訳ではない。
  洗い終わった金具は新聞紙や油分の無い布の上に並べて自然乾燥させる。
  これで塗装準備は完了。以後は素手で金具を触ってはいけない。

        物理研磨ではなく、希硝酸液か希硫酸液、梅酢で洗って汚れや錆びを取る方法がある。
         只、塗装の場合は塗料の食い付きを良くする為に最終スチールウールでの研磨が効果的と云えよう。
2

塗 料 と 色 調

陸 軍 刀 金 具 の 補 修

1) 塗料の選択

 塗装には、自動車や建築内外装向け大面積を塗るのと、貴金属や精密小物を塗る事との目的差がある。
 塗料は同じでも、使用機材や塗り方が当然違ってくる。
 大型カー用品店やホームセンターには多彩な塗料を売っているが、軍刀金具が対象となると自ずと選択肢は限られてくる。
 軍刀金具は小物工芸品の範疇である。当然精緻な模様を潰す訳にはいかない。その事を前提に話を進める。

 塗料には、一般(家庭)用と工業(プロ)用各種あるが、個人用として1/12L(リットル)缶、比較的身近に入手出来る塗料となると以
 下のような物になる。

 @ 水性塗料(溶剤; 水)
   無公害で現在の家庭用塗料の主流。アクリルやフッ素配合等の各種タイプがあり、豊富な調合色が揃っている。
   筆やローラー塗が前提。水の希釈は5%迄。従って精緻な吹付塗装には使えない
 A油性塗料(溶剤; シンナー=ペイント薄め液ともいう)
   以前は主流だったがシンナー公害の為に少なくなりつつある。
    塗膜は軟らかく密着性は良い。プラスチック模型にも使える。
 Bラッカー塗料(溶剤; ラッカーシンナー)
   速乾性。油性塗料より粒子が細かく塗膜は硬い。但し、脆(もろ)さがある。
   ラッカーシンナーは、シンナーより溶剤が強力な為、水性塗料主流の現在、製造が縮小されている。
   販売店ではほとんど三原色と黒色しか常備されていない。魅力ある塗料なだけに残念である。
 C塩化ビニール樹脂塗料(溶剤; 専用溶剤又はラッカーシンナー)
   速乾性。塗膜が滑らかで粘度がある。
   ラジコン模型愛好家定番の塗料。耐候・耐薬品・耐油性に優れているので屋外塗装にも使用されている。
   釣り竿、弓の矢、高級美術品用に使われる。専用溶剤はシンナーとラッカーシンナーの中間位の強さ。
   一般(家庭)用(1/12L缶)として色の種類が極端に少い。販売店には三原色と黒色しか常備されていない。
   大手ホームセンターでも扱っている処と、扱いの無い処がある。東急ハンズや模型店に聞いてみるのが良い。

 塗料選択の結論はBラッカー塗料とC塩化ビニール樹脂塗料である。

 ラッカー塗料: 塗膜が硬い。但し金属同士の接触や衝撃でエッジの立った処に微細な塗膜の剥げを生じる。
   それを防ぐ為に、前ページで述べた様に、金属エッジの部分に最後の仕上げで#400〜500番の耐水ペーパーを掛けておく。
 塩化ビニール樹脂塗料: 塗膜の粘性が強い。接触や衝撃に依る微細な塗膜の剥げが生じ難い。
   特筆できる事は、吹付塗装用具の無い人にとって、筆塗も可能な事である。
   ビニール系の特性として筆塗でも塗膜が乾燥する迄の柔軟性に依り、塗邑(ムラ)が生じ難い事である。
   秘訣は塗料を50%位希釈して薄く塗る事。
   筆者は、この塩化ビニール樹脂塗料の「ビニローゼ」(サンデーペイント・大日本塗料製)に注目している。

2) プライマー(金属密着剤)の選択

 金属に塗装する為には、プライマーを下塗に使う。金属と塗料の密着性を高める為に必要不可欠といえる。
 このプライマーは面倒な事に金属の種類毎に効く物と効かない物が存在する。
 その為、金属の種類毎に多種のプライマーが存在する。
 全て吹付塗装用の溶液で販売されている。シーラと呼ぶ下塗り材もある。
 真鍮(黄銅)は特に難しい素材と云われている(鍔の塗装剥げが多いのはその為か ?)。
 様々な密着剤を使ってみた結果として、「ミッチャクロンAB-X」という金属密着剤が良いようである。
 これだとラッカー塗料にも充分耐えられる。
 油性塗料用のプライマーがあるが、油性プライマーの上にラッカー塗装を掛けたら無惨な結果をもたらす事になる。
 これは塗料でも同じ事で、ラッカー塗料の上に油性塗料は掛けられるが、その逆を行うと悲惨な事になる。
 被塗装物(この場合軍刀金具)の材質、使用する塗料の種類という二つの条件に合致するプライマーを選択する事が重要である。
 その点では、「ミッチャクロンAB・X」は汎用性を持っている。
 問題は販売量の単位である。3.7L缶以上と大量である。開封後の有効期限は約6ヶ月しかない。
 一体何百本分の軍刀金具の下塗りが出来るであろうか。僅かに使用するだけで残りを全部捨てる事になる。
 廃棄ゴミにも出せず廃棄処分に困り果てる。
 筆者は塗料専門店に交渉して、サンプルとしてやっと例外的に1Lを小分けして貰った。
 後で、インターネットで調べたら、個人向けに小分け販売している会社が数ヶ所あった。少量需要は有るのである。
 インターネットで「ミッチャクロン」で検索すると出てくる。




 ビニローゼ(サンデーペイント)
 1/12L缶 \380円位  8色
 専用うすめ液は250oLの小瓶しかない。
 油性とラッカーの中間位の強さの溶液。
 塗料の希釈、テストや機材の洗浄に多量
 に使う為、この専用液は割高になる。
 筆者は「ラッカーうすめ液」を使っている。


 ミッチャクロン(大和塗料)
 3.7L缶 \5,000円位
 「ラッカーうすめ液」で希釈も出来るし機材の
 洗浄もできる
 メーカーにはせめて1/2L缶の販売をして貰いたい。
 一組の軍刀金具に使用するだけなら殆ど全てを捨
 てる事になる。

3) 色調の難しさ

 調色は金具修復の最大のヤマ場である。最も難しい部分であり、それ故に楽しみの部分でもある。
 「色事程難しい物は無い」という事を嫌という程体感させられた。
 難しい理由は、「色上げ」と「塗装」では色調が異なり、外装メーカーに依って軍刀金具の色が千差万別という事である。
 同一軍刀の金具でも、兜金〜石突まで同一色調の色ではない事は珍しく無い。
 それに経時変化と保存状態等の要素が加わり、どの色を基準にするか判断に迷ってしまう。色上げも変質する。
 当然金具の残色を手がかりにする訳だが、補修をしたくなる様な状態だから残色そのものが変質している可能性は極めて高い。
 塗装の場合、当時の塗料品質は現在に比べると大変粗雑な物で、直ぐに変退色してしまう。
 この事は過去、旧帝国陸海軍戦闘機模型の塗装色を決めるのにさんざん苦労した。色は最大の難関である。
 工場ロールアウト時の機体色と、戦線で太陽に晒されて1〜2ヶ月経つた機体塗色は全く別の色になっている。
 軍刀と雖も当時の塗料の品質からみたら例外とは言えないと思う。
 現存の比較的保存状態の良い金具を見ても、「金具の色」の項で述べたように、色上げ・塗装共に黄味の強い褐色から赤褐色まで
実に範囲が広い。
 末期型に至っては褐色と云うより錆び色・紅殻色゛黄土色まで多彩に存在する。
 又、同一軍刀の佩鐶一つとっても、足部と上の吊輪が付く部分の色調が異なるのは珍らしく無い。
 二つの部品から構成されている為で、同一外装メーカーでも、金具毎に色上げや塗装担当者が各々違ったり、施工条件(温湿度・施工技術、施工時期のギャップ等)や各々に配給された色上げ溶剤や塗料の製造ロッドの違いに依るものと推測される。
 同一塗料缶の中でも、小分けする時に塗料の上澄み部分か、真ん中辺の塗料か、底辺に残った物かによって、予め攪拌をしておい
たとしても色調は小分け缶毎に違ってくる(調合塗料は直ぐに分離する)。小分け缶の中でも同じ事が云える。
 色上げ溶剤も同じだったのではないだろうか。
 同一製造メーカーでも製造ロッド毎に二度と同じ溶剤や塗料は出来なかったと思う(現代はコンピュータ制御で改善されているが)
 こうした事を勘案すると、一つの軍刀金具の色調が金具毎に各々違う理由が何となく頷ける。
 ことほど左様に「色」は難しいという事である。
3

調色と塗装及び電気メッキ準備


陸軍刀金具の塗装

準 備
 小さなガラス瓶 X 2ヶ以上(模型店で売っている小さなガラス製塗料調合保存瓶を10ヶ位使用。樹脂系容器はラッカーシンナーで
         溶けるので不可)。
 塗料攪拌棒 (金属製、模型店で売っている。不要な割り箸等でも良いがその場合は使い捨て)
 スプーン X 元になる塗料色分(極力小さい金属製、元になる塗料を調合瓶に移す為の物。塗料を掬(すく)う専用品があるが、塗料の
      付着面積が広く洗浄も面倒)
 小さな毛筆用筆 (テスト塗に使う)。ガラス瓶又はコップ(ラッカーシンナーを入れて攪拌棒、スプーン、筆洗いに使う)
 ラッカーうすめ液 (小瓶、徳用中瓶と4L缶入りがお得だが、使用は小瓶に移して使う方が経済的で便利)。
 ティッシュペーパー
 防塵マスク

1) 塗 料 の 調 色
 前項で述べた様に、何色を調合するかは大変難しい。ここでは「平均的と思われる褐色」の調合を示す。
 ラッカー・塩化ビニール樹脂塗料共に以下の色を配合。

      錆色(インディアンレッド) + 黄色 + 黒色

 黄褐色 = 黄色をベースに錆色を徐々に加えて攪拌。色の状態を見て黒を微量加えて攪拌する。
 塗料原液の粘度が高いので、この段階で少量のラッカーうすめ液を加えて粘度を落とす。
 これが終わると一旦筆で金具に塗って見る。
 予備の軍刀金具が無い場合は、身近にある無地の空き缶か真鍮板(ホームセンターや東急ハンズ等に売っている)に塗る。
 望む色と比較して、その後は三色の何れかを各々微量づつ追加しては試し塗を繰り返す。
 調合瓶で見る色と、実際に塗った色の色調が違うので試し塗で確認する事。
 色の分析装置があるが、例え分析出来ても元になる塗料が入手出来ないので無意味。又、混合%の表示も意味が無い。
 同じ錆び色、黄色といっても塗料メーカーで色が異なる事と、スプーンで基本になる塗料を掬うのに厳密な計量は不可能である。
 兎に角根気良く上記作業を反復して望む色に近づける以外方法は無い。
 この作業をすると混合瓶は直ぐに一杯となる。そこで良く攪拌して新しい瓶に半量を移し換える。そうすると二つの混合塗料をベ
 ースに各々黄味を強めたり赤を強めたり調合色の範囲が広がってくる。
 筆者の場合は、結果として一色調合するのに、少なくとも6〜8種の調色バリエーションが出来てしまう。
 これには副次効果がある。金具を子細に観察すると一つの金具でも場所(特に桜花葉)に依って微妙に色調が違う。
 基準の色を吹き付けた後で、部分的に色調の異なる色を吹き付けるのに調色バリエーションが使える。
 模型塗装の世界ではウェザリング(汚し)の一手法である。

 赤褐色 = 錆色をベースにを徐々に黄色を加えて攪拌。色の状態を見て黒を微量加えて攪拌する。
 その後の作業は上記と同じ。

       現在、塩化ビニール樹脂塗料の錆色(インディアンレッド)は4L缶が最低単位で、1/12L缶が無い。
        これが一つのネックである。量が多すぎるので、その場合はラッカー塗料を選択する事になりかねない。 
       黄色を強く混ぜると黄味が増さず、何故か灰色がかってくる。黄色の原色に白系の塗料が入っている様だ。
        これは現在調査中である。黒は色を濁らせるので微量を追加していく事。

 僅か基本色は三色だが、この結論を出す迄に、筆者は過去数年間にチョコレート・赤・緑・ライトカーキ・ブラウン・黄など各種
思いつく塗料の組み合わせで、気の遠くなる程の試行錯誤を繰り返した。二液混合型の塗料まで実験した。
 消費した塗料と溶剤は中途半端なものではなかった。よくシンナー中毒にならなかったものと自分でも思っている。

  注意: 色の調合や塗装はベランダや戸外で行う事。蛍光灯下では本当の色の確認が出来ない。
     ラッカーうすめ液は強力なのでマスクを着用する事。室内では匂いが立ちこ込めて中毒に注意する必要がある。

2) 塗 装

 準 備
 エアコンプレッサー/エアブラシ
 薄い手袋 (洗浄後の軍刀金具を直接手で触ってはいけない)
 洗濯鋏 (軍刀金具の縁を洗濯鋏で予め掴んでおく。
     鍔はつな木に差し込んで塗装すると便利。つな木に塗料が掛かるのを防ぐ為マスキングテープを貼っておく)
 マスク
 調合済塗料 (攪拌棒で攪拌し、攪拌棒から塗料が雫になってポタポタ落ちる位にラッカーうすめ液で希釈する。50%希釈が目安)
 プライマー (原液のまま) 
 面相筆 (金具金差し部分に付着した塗料除去に使う)
 小さいガラスコップ(ラッカーうすめ液を入れて面相筆に付着した塗料を洗浄する)

 @ プライマー塗布
  プライマーをエアブラシの塗料カップに入れて、洗濯鋏で掴んだ金具塗装面に垂直にブラシを向けて吹き付ける。
  薄く塗布するのが秘訣。20度Cの気温で30分〜60分で乾燥する。
  乾燥したら洗濯鋏を塗装済みの方に付け替えて未塗装部を塗装する。

 A 塗装
  エアブラシの塗料カップに塗料を入れる時、再度攪拌棒で調合済み塗料を充分に攪拌して入れる。
  これを怠ると金具毎の塗料色調が違ってくる。吹き付けの容量は上記と同じ。

 B 小縁・佩鐶二重桜花の縁と桜花蕾の塗装除去とメッキ準備
  吹付塗装の終わった金具には、本来塗料が付着してはいけない金差しの部分に塗料が付着している。
  ここに付いたプライマーと塗料は、小さな「面相筆」にラッカーうすめ液を浸して金差しをする要領で逆に塗料を取り去る。
  この作業は結構緻密さを要求される。一回取ると、筆をラッカーうすめ液に浸して筆に付いた塗料を溶かし去り、再た小縁をな
  ぞって行く。筆にうすめ液を付け過ぎない事。
  筆でなぞった処に直ぐにティッシュペーパーを当てるとプライマーと塗料がティッシュに吸い付いて取れる。
  塗膜が薄く、ラッカーシンナーは強力なので以外と簡単にプライマーと塗料は取れる。
  こうして金差し部分の塗料を全て取り去る。

  その後、小縁・佩鐶二重桜花の縁と桜花蕾の金メッキを施す処を金属磨き材(キクブライト=金属表面の酸化皮膜取り)を小さく
  ちぎった真綿に付けて磨いていく。肉眼では解らないが、真綿が直ぐに真っ黒になる程酸化皮膜が付いている。
  新しい真綿で空拭きして、真綿に黒の汚れが付かなくなったら皮膜は取れてメッキ準備作業は完了する。
  メッキの仕上がりに影響するので手を抜かない事。メッキ作業の直前に行う事。
  長く放置すると再び金属表面に酸化被膜が形成される。
4

電 気 メ ッ キ


準 備: メッキ装置「プロメックス」、開口部の大きいガラス容器(水を八分目位入れて置く)

 前項で処理した金具を歯ブラシを使い中性洗剤で洗う。事前に手の油を落として置くこと。
 特に「キクブライト」で磨いた処を洗う。
 洗い終わったら水を切らないで、なるべく速やかに作業を開始する。
 「プロメックス」の黒クリップ(-電極)を金具の塗料の掛かっていない処に挟む。メッキを掛ける処に決して手を触れない事。

 @最初に「脱脂ペン」でメッキを掛ける部分を丁寧に脱脂する。メッキレベルの脱脂は中性洗剤では不可能。
  この脱脂作業の出来具合でメッキの成功、不成功が決まる。
  ペン先から液がしたたるので、ガラス容器の上で行う(以下の作業は同様)。
  脱脂作業が終わったらガラス容器の水で軽く金具を濯(すす)ぐ。水は直ぐに新しく取り替える。
 A「金メッキペン」に取り替えてメッキを掛ける部分を丁寧になぞって行く。
  金具の水分が切れたら、金具を容器の水に浸して金具を湿らせて、メッキペンを使う。これでメッキが掛かる。
  一回でメッキが薄い場合は2〜3回繰り返す。
 Bメッキの乗りが悪い時は、金メッキの前に「ニッケルメッキ」か「銅メッキ」を掛けると良い。

 前述では、金具に先に塗装を施したが、金メッキを先に掛けて、後で塗装しても良い。
 この方が「酸化皮膜取りのキクブライト」を神経を遣わずに作業出来るかも知れない。

  参考: 脱脂ペン \3,100  銅ペン \4,200    銀ペン\4,700     18K金ペン  \8,200  ペンはこの他にも色々ある
     「キクブライト」(キクヤピーエム梶A東京台東区東上野、ここにはプロ向けの豊富な商品を取り扱っている。
     筆者は金属黒染め等色々な事のアドバイスを頂戴した)

陸・海軍刀共通金具のメッキ


 小切羽の銀メッキ、縦刻み(タテシノ)・猿手の金メッキ、ハバキの金・銀・クローム等のメッキには最適である。

海軍刀金具の金メッキ補修


 基本的には、今までに述べた「メッキ前の準備」(金具の汚れ落とし〜金属表面の酸化被膜除去までの下作業)を行えば上記作業で
金メッキは施される。但し、瀬戸鍍金の再現は不可能である。
 それと、上記の方法で掛けた金メッキは3ヶ月から6ヶ月で少し退色を始める。当時の真鍮素材が粗悪な為の様だ。
 これは海軍刀鍔の黒染め(黒染液で着色)を試行錯誤している段階で、黒染液メーカーと検討した結論であった。
 現代の真鍮は純黒に染まるが、どうしても茶黒になって「黒」に染まらない。然も、表面に全く染まらない不純物が顔を出す。
 鍔表面を磨いて黒染めをやり直すと、その度に不純物の位置と大きさが変わる始末だった。
 既成の黒染め液以外に、化学専門誌から得た知識で黒染め薬品を購入して、厳密な電子計りで調合して何度か黒染めにチャレンジ
したが思う様に行かず、とうとう匙を投げた経験がある。

 上記「プロメックス」の方法は、古びた金メッキの感じを出すには良いかも知れない。
 それが嫌なら、金メッキを施した直後に「クリアラッカー」を塗布すると良い。
 陸軍刀の金差しや塗料、海軍刀の金メッキ保護の為に、昔も、実際クリアラッカーを掛けた物が存在する。
 現代でも、金メッキ保護と退色を防ぐ為に、クリアラッカーを塗布するのは半ば常識となっている。

 陸軍刀の小縁等の金メッキは、上記「プロメックス」処理でそんなに違和感は無いが、金具が全て「金」の海軍刀は上記の処理だ
けでよいかどうかが問題となる。
 「プロメックス」の金ペンが高価過ぎる。海軍刀一振りの金具にメッキを施すとなると最低限ペンは三種2セットは必要である。
 プロのメッキ屋さんに出すと、その半額で、然も厚いメッキ層で仕上がってくる。変退色もし難い。
 最近、瀬戸鍍金の感じが再現出来ないかと、メッキ会社に相談して実験を試みた。その結果が下の写真である。


補修前

補修後
補修前の金具の「金色」は黄変色が激しく、随所が頑強に黒化変色
していてスチールウールでも取れなかった。
右の補修は、魚子地の金に光沢が出る前にメッキを切り上げて貰い、
瀬戸鍍金の感じに仕上がった。
海軍刀金具はメッキ専門会社に出す方が高品質で金額も遙かに安い
と云うのが結論である。

瀬戸鍍金の再現は引き続き模索していくつもりである。


 陸・海軍刀共通の菊刻み(菊座) 、海軍刀の鍔と旭日大切羽はメッキ専門会社で赤銅(しゃくどう)メッキ(暗青黒色)をして貰う以外の
方法はない。陸・海軍サーベル鞘のクローム又はサテンシルバーメッキも同様である。

 陸軍刀の鉄・アルミ鞘は焼付塗装専門会社での処理という事になる。
 当時の鉄鞘塗装は、焼付塗装溶解液に浸しても塗料が取れない。
 現在の焼付塗装とは違うが、塗膜の硬さはほぼ同じなので焼付塗装が良いと思う。



ご参考迄に、筆者が補修でお世話になった会社をご紹介をしておきます。

キクヤピーエム (東京台東区東上野)、内山鍍金工芸 (東京台東区上野)( 03-3844-2280 )




2013年10月8日より
ページのトップへ

軍刀  伝統技術・アマルガム鍍金 →