軍刀余録 古来の技・アマルガム鍍金0
古 来 の 技・ア マ ル ガ ム 鍍 金
金属の弱点の克服と美の付加
紀元前の遙かな古代、人類は自然界に存在する酸化鉄から鉄の精製に成功した。この鉄は人類の文化を大きく変える事になった。
只、鉄は、空気の酸化作用で直ぐに赤錆びを生じ、ぼろぼろに朽ち果てて再び自然界に還ってしまうという宿命を持っていた。
この現象は、程度の差はあるが、銅・真鍮・アルミ等の他の金属も同様であった。
古代人は、金属腐食を防ぐ為、金属表面と大気を遮断する為に金属表面を大気に侵され難い物質で覆う方法を考え出した。
古代人の英知に驚く外はない。
鍍 金 (メッキ)
紀元前1,500年、メソポタニアで錫(すず)メッキが出現した。これの工業化は3,000年後の17世紀になってからである。
中央アジアのスキタイ王国(紀元前700年〜250年頃)から、銅表面に金メッキした工芸品が出土している。
このメッキは水銀アマルガム法(化学メッキ)である。
アマルガム (amalgam) は、水銀と他の金属との合金の総称である。
水銀は他の金属との合金を作り易い性質があり、又、常温で液体になる合金が多い為、ギリシャ語で「軟らかい塊(かたま)り」を意味する malagma から名がついた。
黄金(金)は貴重な物質だったが、耐候・耐蝕性に優れている事を古代人は知っていた。美観上も重宝された。
従って貴重品・仏像・工芸品メッキには主として金が用いられた。
「メッキ」という言葉は純粋な日本語である。
日本のメッキ技術は古墳時代(4世紀〜)、大陸からの帰化工人に依ってもたらされた。
水銀中で金や銀の塊が溶解して原型を留めなくなるアマルガムは「金が滅する」、即ち「減金(めっき)」と呼ばれた。
後世に「鍍金」(金を渡す)という漢字を使う様になったが、戦後の当用漢字から外された為に近年は「メッキ」と書く。
水銀に金を溶解したアマルガムを被メッキ体に塗り、加熱して水銀のみを蒸発させ金を付着させる焼着法である。
江戸時代のメッキ処理は大陸から伝播した技術を継承していたが、幕末には、既に西洋の化学処方を習得している。
焼着法に加えて浸漬法メッキが登場。
金属の前処理の錆びや、汚れ落としの藁や梅酢に替わり、硝酸液洗浄や工程の随所に西洋の化学知識が取り入れられ始めた。
電気メッキの技術も輸入されて実際に使われている。
面白い事に、メッキに「格式」があって、武士階級,仏教関係,一般雑貨の3段階のメッキ分野に分れていた。
主要材料の箔は「極上品質は大焼貫と称し,刀剣の飾りメッキに使う。
次は仏師箔と称し,仏像や仏具のメッキに使う。
その次は江戸色と称して錺(かざり)屋が一般のメッキに使う」
と区分してある。
焼着法による金,銀メッキは明治時代の終わり迄、鍍金師や飾り職人の手で刀剣・仏具・装飾品に施された。
現在のメッキの主流である電気メッキは、1805年にドイツのブルグナーテリが、ボルタ電池を使って、銀のメダルに金の電気メッ
キをしたのが始まりとされる。
日本では50年遅れて,幕末の薩摩藩で鎧金具に電気メッキを施したのが最初とされている。
古来のアマルガム焼着法は、明治中期以後、急速に姿を消していく。水銀蒸気が猛毒であった事が原因する。
この電気メッキ法が日本で工業化されたのは大正3年の頃である。
この他、現代では無電解メッキ、溶融メッキ、真空蒸着メッキ等、目的に依り多彩なメッキ手法が存在する。
水銀アマルガムでは、金以外に銀や錫等の物質も使うが、漢字は何故か「減金(めっき)」や「鍍金」を当てている。
「金」が金属腐食の保護に優れ、且つ、視覚美観で尊重されていた為に主流であった事が窺える。
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陸軍新軍刀(九四式・九八式) 金具の材質
鍔、菊座、タテシノ = 真鍮(黄銅)鋳造製。菊座、タテシノ、小刻み、目貫 = 真鍮板打ち抜き製
兜金・縁・口金物・佩鐶・責金物・石突 = 素銅(すあか)鋳造製。
※ 外装会社に依り各々の製法・材質に相違がある
素銅は純粋な銅(地色は赤淡色=10円硬貨を磨いた色)。組成は明治以前の物と、以降の電気精錬された電気銅とは大きく違う。
電気銅は純度が高く、色上げで安定した色味が得られる。軍刀の装具は明治以降の物で電気銅である。
赤銅(しゃくどう) = 銅と金の合金。黒紫色で漆黒・烏の濡れ羽色。
四分一(しぶいち) = 銅に銀を加えた合金。
並四分一内三分=銀30%、並四分一外三分=銀23%、上四分一=銀40%、白四分一=銀60%、各々金1%を加えると冴えた灰色とな
る。灰緑色・朧銀(ろうぎん:おぼろ月の色)。
黒味銅= 山銅(やまがね) = 不純物を含む粗銅。不純物の内容に依り地金は鈍い青錆色〜赤淡色。
※ 軍刀高級金具には、四分一地金を使ったのではないかと思われる物もある。三式では中期以降の鍔や縁に鉄が使用された。
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陸軍新軍刀金具の金鍍金
(金具の小縁・佩鐶二重桜花の縁と蕾、責金物の柏葉、目貫、猿手、型打鍔、タテシノ)
上記したように、大正時代から一般的には電気メッキに移行していたが、昭和9年から生産が始まった陸軍九四式・九八式軍刀金具の金鍍金はアマルガムの金差し(部分的な金鍍金を金差しともいう)である。
何故工業用電気メッキを使わずに、古来の「アマルガムの金差し」だったのだろうか ?
これには二つの理由が考えられる。
@ 刀剣や仏具・工芸品はその制作に伝統技術を重んじた。
現にこの分野では戦後まで、東京上野界隈に専門鍍金師・飾り職人が集まっていて伝統技術を守っていた。
A 陸軍刀金具は褐色と金差しの二色仕上げである。ドブ漬け(全面)メッキなら電気メッキの方が作業環境も安全で効率的だが、
二色仕上げの場合は、処理工程からアマルガムの金差しの方が効率が良かったのではなかろうか。
こうした理由から陸軍刀金具の鍍金には、アマルガム法が選択されたと推測する。現在も彫金・工芸では使われている。
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陸軍新軍刀金具の褐色
(金具の魚子地・桜花葉、透し鍔の耳、マイナスネジ)
伝統的金属着色法には、薬品に依る「煮色上げ(単に色上げとも云う)」、「お歯黒焼き」、「塗」等がある。
「煮色上げ」は薬品で金属を煮て、地金の表面に人工的な錆びを付けて金属表面の保護と視覚美観を同時に定着させる。
「お歯黒焼き」は鉄の表面を焼いて黒錆びを付ける手法。家具の金具などに良く使れた。
「塗」は赤さびに油漆を塗る。
九四式・九八式の金具の褐色は「煮色上げ」・「鍍金 ?」・「塗装(カシュー ? 他)」の手法が存在していたようである。
最近実施した大学芸術学部彫金研究室での軍刀金具の現物検査や、彫金作家の方のご教授に依り「褐色」着色の標準手法は「煮色
上げ」だった事の確証を得るに至った。「塗装」も確認されている。
この「褐色色上げ」は、緑青、硫酸銅、梅酢の混合液に「素銅金具」を浸して煮沸する事で得られる。
「煮色上げ」では、同時に「赤銅の漆黒」、「四分一の灰緑」、「黒味銅の褐色」も仕上げられる。
金属地金、色上げ、塗装に関しては彫金作家・画家の篠崎正喜様よりご教授を戴いた。
篠崎様の作品は下記サイトをご覧下さい
篠崎正喜作品
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伝 統 技 術 に 挑 む
軍刀金具の補修に関し、伝統技術に拘られ熱心に挑戦された方がおられる。
弊サイトを開設して間も無く、「補修」を切っ掛けにご交誼を得た青柳智宏様がその方である。
青柳様は補修だけではなく、金工細工、柄巻き、研ぎに至るまで広範囲な古来の伝統技術の習熟に果敢に挑戦しておられる。
筆者の住環境では、塗装と色染め位が限界であり、伝統手法は刀剣補修専門鍍金業者と相談する外はなかった。
青柳様の伝統技術への挑戦には大変興味を惹かれるものがあった。そこで青柳様が挑戦された内容をご紹介します。
ア マ ル ガ ム 法 に よ る 鍍 金
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1.準備薬品と道具
材料: 金箔・水銀
薬品: 梅酢・硝酸液(希硫酸でも可)・重曹
ツール: 竹ペン・銅ヘラ・毛筆 ガラス容器(アマルガム用・洗浄用)
2.アマルガムの生成
水銀1対金箔3〜5の割合で金箔を溶かす。 水銀は常温で唯一金・銀を溶かす。
3.軍刀金具の洗浄
メッキしたい軍刀金具を硝酸液で良く洗う。
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4.アマルガムを塗る
竹ペン等に梅酢を付けながら水銀を小縁等の金を差す部分に塗って行く。
酸化作用で膜が出来るので、時々重曹液で拭き取り乍らアマルガムを塗
る。
水銀は表面張力が強いのでなかなか所定位置に載らない。
そこで毛筆の筆先に水銀を挟み込むようにして少しづつ根気良く塗る。
耳掻の先で水銀を掬(すく)いながら取る等の工夫も必要。
一粒でも水銀が載れば、指先で擦するようにすると水銀は広がって行く。
← アマルガムを塗り終わった状態 → |
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5.
金箔を再び貼る
アマルガムが載った処に再び金箔を貼り付けて溶け込ます。
銀光沢が白濁した状態になるまでこれをやらないと焼き上げた後で金の色が出ない。
何故この手間をかけるのか?
江戸の文献に、金1と水銀6のアマルガムを加熱すれば,金が速やかに溶けて水銀アマ
ルガムとなる。
これを皮に包んで搾って水銀だけをろ過すると,皮内に残るのは水銀2対金1のアマ
ルガムである。 |
次に被メッキ物の表面の汚れを除くため,濃度を薄めた硝酸液にてブラシでよく洗浄す。
この上に前記水銀アマルガムを塗布して厚い層となすとある。
ところが近代科学のメスに依り 「アマルガムは金2,水銀1では,かたくて塗れない。金1,水銀3のものが使いやすい。
金1,水銀5では軟らか過ぎて使いにくいが,きれいに塗れる」とある。
然し、青柳様は経験上、この方法がもっとも作業し易く、金の仕上がりが良い事を掴まれた。
6.最終工程(加熱)
金載せ終了後、最終工程として水銀飛ばしを行う。
加熱した水銀は蒸気になる時、有毒物質として数万倍に拡散する為、工程を終了するまで呼吸を止めるか、充分な換気が必要。
家庭用コンロでも良いが、開放屋外で炭火コンロを使うのが望ましい。(※ 室内、住宅密集地では厳禁。水銀蒸気回収装置が必
要) 炎の先端で炙(あぶ)るようにし、色合いを見る。
銀色から黄色に変化をし、少し黄土色に変化した時点で炎から外す。
焼きすぎると茶色に変色して、後に金が出ない。そのまま、“なます”。絶対に急冷しない事。
急冷すると、銅が柔らかくなってしまうので、そのまま放置するのが良い。
人肌まで温度が下がったら、重曹液・真鍮ワイヤーブラシで磨く。
完成後、梅酢液で鍍金面を擦って見て銀に戻らなければ、完了。
銀に戻ってしまうようであれば、水銀が飛びきっていない状態なのでもう一度飛ばし直しを行う。
水銀が完全に飛ばない状態で満足していると、数年後に銅素材が侵食されてボロボロになってしまうリスクがある。
鍍金部は全て同手法。本来この後に“金の色上げ”を行うと、より金色が増す(後日、実験を行う事にして今回は終了)。
ご 注 意
本アマルガム法は、その内容をご紹介するもので、水銀蒸気回収装置などの作業環境が整っていない状況では大変危険ですから絶
対にご自分で試行されないようにお願い致します。
2013年10月8日より(旧サイトから移転)
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