軍刀抄 満鉄刀の全貌(2)  0
満鉄刀の銘の変化と特徴

満 鉄 刀 の 銘 の 変 化 と 特 徴

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-- 製作年代について --

 諸資料に出ている年月日と記事を一覧表にまとめると下記の表1のようになる。
           (参考のため、栗原彦三郎氏の焼入れ年と松岡洋右氏の外相就任年月日を加えた)

表1 興亜一心刀製作に至った年表


昭和12年9月 5月に日本刀制作部を設け、9月に軍刀製作を思い立った。松岡総裁激励命令         ※ 筆者注
昭和12年10月19-20日 栗原彦三郎氏焼入れ、 製作所準備大わらわ
昭和12年12月 関東軍からも軍と協力し日本刀製作に一層の努力するよう依頼有り
昭和13年6月以降頃 昭和13年2-6月号のキングで試斬
昭和13年11月 それ迄大連鉄道工場内に刀剣製作所を設けて製作中であったが、
昭和13年12月1日 市内東公園町満鉄殉職記念碑横元双葉幼稚園跡に刀剣製作所を新設し、大連鉄道工場は研磨外装場とし、
本格的に製作を開始する事となった
昭和14年3月23日 松岡総裁 興亜一心刀と命名(総裁任期昭和14年3月24日迄) 
昭和14年4月1日 大連神社に興亜一心刀命名奉告祭
昭和14年7月25日 『興亜一心』発行
昭和15年7月22日 第二次近衛内閣発足 外務大臣 松岡洋右

 表1から、軍刀製作を思い立った昭和12年9月からほどなくして、大連鉄道工場での栗原彦三郎昭秀による焼入れをした時点(昭和
12年10月)での記述にもある様に、大連鉄道工場内の刀剣製作所は準備で大わらわだったとあるから、まだ刀剣製作はごく少数が試
験的に造られていたのであろう。
 関東軍からも製作依頼があった昭和12年末から、元双葉幼稚園跡に新設した刀剣製作所に移る迄(昭和13年12月)のほぼ1年間は、大連鉄道工場内での製作設備がどのくらいの規模かが分からないので製作数は掴めないが、月産400振りよりは少ないのは確実だと思われる。

 やはり、本格的な製作が始まったのは、記述にもある通り、昭和13年12月1日以降頃からで、昭和14年7月この本が発行された時点
では月産400振り位と記述がある(3P)。
 仮に一月を25日として、1日当たりの製作刀数は400振÷25日 = 16振/日となるが、拵えに入った完成品を意味するのであろう。
 16振/日という製作数を多いと思うか少ないと考えるかは、製作所の規模と人数によって決まるわけだが、以前に私が漠然と思っ
ていた製作数よりは意外に小量生産であると思う。
 しかし、その後、大東亜戦争に突入し刀剣需要の更なる増大に合わせ、技術者・職人などを増員し、刀剣製作数を増やしたと考え
るのが自然であろう。
1
-- 生産数 --

 興亜一心刀にはシリアルナンバーが刻印されている。仮にイロハ47文字の1字づつと最大4桁迄の数字(9,999)での組み合わせは、47×9,999 = 469,953振となる。
 しかし、私が経眼した限りでの話だが、数字が最大4桁までだが、壱千数百番代までが最大の数字で2千番代以上の数字は見ていな
い。イロハ47文字中では、私が経眼した限りでは「セ」が最後尾で昭和19年製作の「興亜一心」銘が無い刀剣である。
 仮に壱千番代を最高の数字とすれば、1,999×47= 93,953振となる。仮に、月産400振りの儘で昭和13年12月から終戦までの約7年間生産し続けたとすれば、400振×12カ月×7年=33,600振となる       ※ 満鉄・渡辺工具主任回顧録で、約50,000振の生産だった
2

銘 の 変 化 と 銘 の 特 徴 に つ い て


 下表2から満鉄刀の銘の変化と銘の特徴について考えてみる。
 これらの満鉄刀のサンプルは、内外のWeb site、書籍の押形、写真、実物で見たものであるため、シリアルナンバーが不明なもの
も多々あり、不完全な資料ではあるが、このように一覧表にしてみると、何らかの規則性らしきものや傾向が見えてくる。
 もとよりサンプル数が少なすぎるのは承知の上であり、これを基に結論づけるものではない。

 昭和14年3月23日に名命式をしたという事は、この日付の前後頃から茎に興亜一心と銘を切ったと解釈すれば、次の年代別の銘の変化を表2に示したように、昭和14年から興亜一心と銘を切った刀剣が見られる年代と命名式の年代の記述と一致する。
 経眼した限りでも、興亜一心銘の刀は昭和14年からで、昭和13年つまり干支では、“戊寅”銘の興亜一心刀を見ない。
 しかし、刀剣を昭和12年末頃から小規模ながら製作していたのであるから、その時点から昭和14年3月頃まではどのような銘を切
っていたのであろうか。
 私はこの期間の満鉄刀を経眼したことが無いので、何とも申し上げようが無いのが実情であり、残念でしょうがない
                                                       筆者注 満鉄商標の刻印

表 2 興亜一心刀 (満鉄刀) 年代別銘表   

                                                  ●印は目釘穴の位置
昭和 銘      表  銘  裏   
S/N シリアル 刻印 備  考
13   (満鐵商標)
  (満鐵商標)
 無し
 無し  
 昭和●戊寅春
 昭●和戊寅冬
 C30
 N 182

 ※1
 ※2 
14  興亞一心
 興亞一心
 興亞一心
 満鐵作之
 満鐵作之
 満鐵作之
 昭和●己卯春
 昭●和己卯春
 昭●和己卯秋
 不明
 W 38
 ハ 二四


15  興亜一心
 興亜一心
 興亜一心
 興亜一心
 興亜一心
 興亜一心
 興亜一心
 興亜一心
 興亜一心
 満鐵作之
 満鐵作之
 満鐵作之
 満鐵作之
 満鐵作之
 満鐵作之
 満鐵作之
 満鐵作之
 満鐵作之
 昭●和庚辰春
 昭●和庚辰春
 昭●和庚辰春
 昭●和庚辰春
 昭●和庚辰春
 昭●和庚辰春
 昭●和庚辰春
 昭●和庚辰春
 昭●和庚辰秋
 と六三○
 と七二九
 W 23
 リ 一〇八
 リ 一一〇
 リ 四八八
 ヲorヌ 四三三
 ホ五三八
 フ 一八二  0

 ※3 (ひらがな)
  (ひらがな)
 ※4
 ※5
 ※6
 ※7
 ※8
 ※9
 ※10
16  興亜一心
 興亜一心
 興亜一心
 興亜一心
 興亜一心  
 満鐵作之
 満鐵作之
 満鐵作之
 満鐵作之
 満鐵作之
 昭●和辛巳春
 昭●和辛巳春
 昭●和辛巳春
 昭●和辛巳春
 昭●和辛巳春
 ワ 六
 ツ 五七三
 ツ 六五一
 ネ 三九六
 カ 二三六


 ※11

 ※12
 ※13 
17  興亜一心
 興亜一心
 興亜一心
 興亜一心
 興亜一心
 興亜一心
 興亜一心
 興亜一心 
 満鐵謹作
 満鐵謹作
 満鐵謹作
 満鐵謹作
 満鐵作 
 満鐵作
 満鐵作
 満鐵作
 昭●和壬午春
 昭●和壬午春
 昭●和壬午春
 昭●和壬午春
 昭和●壬午秋
 昭和●壬午秋
 昭和●壬午秋
 昭和●壬午秋
 ウ 三五七
 ラ 八二三
 ラ 一0三0
 ラ 一二五六
 ク 八九七
 ヤ 六二二
 ヤ 六二三
 ヤ 七三六   






 W
 ※14



 ※15
 ※16
 ※17
 ※18
18  興亜一心
 興亜一心
 興亜一心
 興亜一心
 興亜一心
 なし
 なし
 なし
 満鐵作
 満鐵作
 満鐵作
 満鐵作
 満鐵作之
 満鐵鍛造之
 満鐵鍛造之
 満鐵鍛造之
 昭和●癸未春
 昭和●癸未春
 昭和●癸未春
 不明
 昭和●癸未春
 ●昭和癸未春
 ●昭和癸未春
 ●昭和癸未春
 ヒ 五九一
 マ 三八一
 ケ 八0五
 テ 二八四
 ? 七六
 ヒ 二二六
 エ/ユ 五三七
 不明   -





 南
 南
 南




 ※19 
 ※20

19  なし
 なし
 なし
 満鐵鍛造之
 満鐵鍛造之
 満鐵鍛造之
 ●昭和甲申春
 ●昭和甲申春
 ●昭和甲申春
 セ 一三一0
 ? 四五
 モ 七九九
 連
 連
 連 W


  ※21
20  経眼なし





筆者注: 「南」・「連」刻印は南満造兵廠の検査印である。
      昭和18年以降の「興亜一心銘」の無い刀身は南満造兵廠製と判定する。
      シリアルbヘ、初期満鐵標章刻印時代から興亜一心銘の初期までアルファベッドとアラビア数字、その後カナと漢数字
      に変わる。
      但し、昭和14、15年には一部アルファベッドとアラビア数字及び平仮名が出現している。
      特定の意味があったと思われるが不明。
      ※17、※21の W 刻印は何れも茎尻の刻印。意味は不明。他の例でハバキ下にも W 刻印が確認されている。
筆者注: ※1〜※21は以下の方々から情報を頂き筆者が追記した。
      ※2=Mr.Richard Fuller、、※3=中川 拓様、※4=真下康弘様、※5=フィンランド Talvela将軍、
      ※6=フィンランド Talvela将軍、、※8=フィンランド Laine大尉、※9=玉田聡史様、
      ※7・10・12・14=米ノースウェスタン大学 Dr. Mei 助教授、 ※11=山畑繁明様、※16=松岡恭様、※17=松岡建設様、
      ※18=佐藤康弘様、※19=古姓様、※20=丸谷護様、※21=出島宏一様

      「春」銘が多く「秋」銘の刀が少い。「夏」銘を見かけない。
      ※2の現物写真で初期満鐵商標刻印の刀身に「冬」銘が確認されている
      筆者注 例外的に乱刃が存在する。恐らく特注品であろう。
      2005年時点での、K.森田氏掲載所見以降に新たに判明した事実により注釈した

3

-- 参考資料 --

『日本刀及日本趣味』(中外新論社)昭和11年5月創刊〜・本間順治 著『日本刀』(昭和16年4刷 岩波書店)松岡洋右著『興亜の大業』(昭和16年発行 第一公論社)・成瀬関次 著『実戦刀譚』(昭和16年発行 実業之日本社)
成瀬関次 著『戦ふ日本刀』(昭和15年発行 実業之日本社)・『大日本刀剣商工名鑑』(刀剣新聞社 昭和17年発行/2005復刻版)
『将校軍刀鑑査委員会ノ使命』(陸軍兵器行政本部内 将校軍刀鑑査委員会 昭和17又は18年頃) これは9ページの小冊子で、陸軍兵器行政本部内の将校軍刀鑑査委員会の組織や業務について書かれている。
本阿弥光遜 著『近代戦と日本刀』(昭和18年発行 玄光社)・渡邊國雄著 『軍刀』(昭和19年発行 有精堂)、大野正 著 『現代刀工名鑑』(昭和46年発行 光芸出版)・大野正 編『現代刀工・金工・職方総覧』(昭和52年発行 青雲書院)、福永酔剣 著『日本刀大百科事典』(平成5年発行、全5巻、雄山閣出版)Richard Fuller, Ron Gregory著『Military Swords of Japan 1868-1945』(1993) 堤 章 著『軍刀組合始末』(副題、陸軍受命刀匠の周辺/平成6年刊会津文化調査研究会発行) Jim Dawson著 『Swords of Imperial Japan 1868-1945』(1996) 
Richard Fuller,Ron Gregory著 『Japanese Military and Civil Swords and Dirks』(1997) 
櫻本富雄著『戦時下の古本探訪 こんな本があった』(平成9年発行、インパクト出版会) 『栗原彦三郎昭秀全記録』(栗原彦三郎伝記刊行会、平成12発行

0John Scott Slough著『An Oshigata Book of Modern Japanese Swordsmiths 1868-1945』(2001)(1st Printing)




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