軍刀抄 満鉄刀の全貌(4)  0
満鉄刀の時代的意義

満 鉄 刀 の 誕 生 と 時 代 的 意 義

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満 鉄 刀 の 誕 生



  満鉄刀誕生の経緯

   日 下 純 鐵
        滿  鐵 刀
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  刀劍界に革命を齎(もたら)す昭和の名刀  
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 [寫 眞]
 1・四トン七分の力をかけて曲げた滿鐵刀 (記事参照)
 2・同じくそのときに出た刃切れ
 3・滿鐵刀を錬へつつある所
 4・刀身を一寸おきに切断しその切口を見て生鐵と鋼と
   が如何に鍛合してゐるかを試験する
 5・滿鐵刀に見入る鈴木庶務長
 6・仕上げられた滿鐵刀
 

南満州鐵道椛蝌A鐵道工場庶務長・鈴木鷹信氏に取材した「共和」の記者が208号誌(昭和13年1月1日)に以下の談話を発表した。

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事變以來軍部はもちろん大衆の間にも刀劍熱が勃然として振興してゐるが、われらの大連鐵道工場では先頃來"日下純鐵滿鐵刀"の製作に着手し現下の非常時局に歩調を合せつつあるといふ耳よりな話。ーーーー記者は一日同工場庶務長鈴木鷹信氏を訪問し、初春にふさはしい破邪顕正のシンボルたる滿鐵刀につき次の如 き興味ある談話を得た。
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1

満 鉄 刀 誕 生 の 経 緯

滿鐵刀がどうして生まれたかといふと、その前に日下純鐵の話をしておかねばならない。
總裁はエライことを考え出した。
日本の製鐵事業といふものは、年々アメリカから三百萬瓲(とん)のスクラップ(鐵屑)を輸入してゐるが、もし戰争でも起こってこの輸入がストップしたら、日本の製鐵事業もそれでストップしてしまふぢゃないか。その不安を除去するには、どうしたらよいか。
スクラップの代用品を礦石からつくり出したらよい。ーーーーーー
總裁はそこに着目した。そしてその研究を中央試験所の日下博士に命じた。
日下博士は研究の結果、非常な苦心をして、つひにそれに成功して純粋な鐵をつくり出す方法を發明したんだ。
これが日下純鐵の由來といふわけ。

ところが、その純鐵を試験することになった。
僕はそのとき考えた。なるほど科學的試験もよいが、これで一つ日本刀を鍛へてみたら一ばん早判りがすると思った。
斬れる曲がらぬ、折れないーーーこれなら素人でも日下純鐵がいかに優秀なものかがわかる。
そこで、今年(昭和12年)の六月頃※1だったか、工場で日本刀をつくってみた。
すると、どうだ専門家が、古刀とまちがへるほどの見事な地肌が現はれたぢゃないか。
總裁も大いに乗氣になって、もっと造ってみよといふので、工場でも本格的に製作にとりかかることになったんだが、結果はもちろん上乗だ。

そこに、また一つの考へが浮かんだ。
といふのは、今日は日本刀が不足してゐるし、兵隊さんも不自由を感じているから、これを多少でも補ふために大量製産に乗り出さう
といふことになったんだ。
つまり、これまでの日本刀は一日に一口(ひとふり)、三日に一口といふ程度でしか出來ない。さういふ方法では急場の間には合はん。
機械の力を利用して、しかも昔の鍛錬法とおなじやり方で仕上げることを研究しはじめた結果、今日の成果ををさめたといふわけだ。
その方法は、現在まだ發表をすることは許されないが、今一日五十口づつ製ってゐる。
將來は百口までにしたいと考へてゐる。名前は御承知の通り「滿鐵刀」とつけた。
規格は長さ二尺六寸、反りは鳥居反りで六分、巾一寸一分だ。實によく切れる。
2

性 能 試 験

豚で試してみたんだ。
三十貫もある大きなやつで、頸のまはりは二尺八寸もあった。そいつを、スバッとやってみたんだーーーむろん僕がだ。
ところがどうだ、全然手ごたへがなく、コロリと豚の頸が落ちた。
刀には刃コボレ一つない。
これなら人間だって一刀兩断は請合だらうぢゃないか。
平鐵も切ってみた。
平打試験も合格、峯試験も合格、据物切リも合格だ。

もう一つ面白い試験をやった。力をかけて刀を曲げてみたんだ。
どこまで力をかけたら刃切れが出るかを試してみると四トン七分の力で、はじめて刃切れが出た。(寫眞参照)
同じ方法で新々刀の加州物を試験してみたら何と一トン七分で刃切れが出た。
満鐵刀にくらべたらまるで問題にもなんにもなりゃしない。
僕は自慢はきらひだが、満鐵刀が會社の製品としてどこに出しても耻(はずか)しくないだけの實質を具(そな)へてゐることは、事實が
ハッキリ証明してゐる。どうだ、大したものだろう・・・・・・・・・。 (編輯局・T.T)



この「共和」の記事は、満鉄刀が誕生する経緯を素人に判り易く説明している。この談話から、庶務長の鈴木鷹信氏も係わっていたこ
とを窺わせる。
最初は手作りをした。
その性能評価が高かったので、同じ造るなら諸般の時局に鑑みて工業生産を行うことを思い立った。
如何にも技術集団らしい発想である。
こうした発想や短期間に工業化を実現出来たのは、鉄道製品の高度な製造技術を保有していたからに他ならない。
上掲写真 4の説明にあるように、刀身の品質検査を厳格に行なっていた。古来手作りの日本刀では不可能なことである。
強度試験の結果も好成績だった。
鈴木氏談話の最 後の件(くだ)りは、確実に信頼出来る製品しか世に出さない満鉄の矜持を物語っている。


筆者注)「刀剣と歴史」の雑報欄※1に、「満鐵にては昨年(12年)五月より日本刀製作部を設け、鍛刀せられつヽありしが、事變と共
に需要者多く鍛錬所は多忙を極めつヽありと云ふが、本年三月よりは本會員(注: 日本刀剣保存会)鈴木虹堂氏を満鐵(日本刀)鍛錬所
の嘱託に依頼し、盛んに鍛錬されていゐると云ふ。先頃はイタリー使節團に二十二口を贈呈し、又獨逸に八口送附するなど鍛刀所は
眼をまはしてゐると云ふが、古刀に優る名刀の出現を吾々刀劍會員一同は神佛にかけ祈るものである」 と記述されている。
この記述からすると、「日本刀」の製作を目的に鍛錬所が設けられ、軍刀不足と関東軍の要請によって半年後に軍用量産日本刀製
作を思い立った事になる。
鈴木虹堂氏は更に半年後の昭和13年3月に嘱託で入所しているので、初代所長という風説は誤りという事になる。
然も、同年の昭和13年末には早くも満鉄の職を辞し、大連・聖徳街に独立して鍛刀所を設けた※2

戦後の日下博士、大連鉄道工場工具職場主任・渡辺義雄氏の回想記に鈴木虹堂氏の名前が一切登場しない謎も解ける。
又、鈴木虹堂氏が満鉄に日本刀の指導員として在職した9ヶ月間の内容は詳(つまび)らかではない。

                                   ※1「刀剣と歴史」昭和13年5月号、※2 昭和14年4月号ご提供: 森良雄様



満鉄・興亜一心刀


興亜一心刀身


3
    

興亜一心刀の時代的意義


「刀と剣道」(昭和16年5月号/雄山閣)と云う武道・刀剣関連の当時の月刊誌に「興亜一心刀の時代的意義」と題した投稿記事が載っている。著者名を水龍齋瓊淵(すいりゅうさい けいえん)と号しているが、この著者は誰なのであろう か。
文中から、満鉄にて直接・間接に興亜一心刀製作に係わっている人物が書いたと思われる節がある。
水龍齋と号している点、刀剣製法にも詳しく、満鉄の日下鋼を用いて鍛刀経験があるか、或いは見聞きした人物、興亜一心刀を称揚し
ているなどから推して、この人物は満鉄で刀剣製造指導をしていた刀工・竹島久勝ではなかろうかとも思われるが推測の域を出ない。

一読後、まず気付く点は、この著者が興亜一心刀を賞賛しているが、その背後には次の様な当時の事情が有ったのである。

 @ 戦線が拡大した為に急な軍刀の需要増大に旧来の日本刀の非能率な製作法では刀剣需要に追いつかない事。
 A 満州事変以来急騰しつつあった刀剣価格。
 B 洋鋼丸鍛えであっても実戦に充分使用に耐える刀は多いが、需要増に乗じてそれらに偽銘などを切り高値で販売する業者など
   が出現した事。
 C 伝統的鍛錬による刀剣は耐寒性能の上で危惧が有った事、また、錆に強い刀剣も望まれた。

この著者は闇雲に興亜一心刀だけを褒め、推奨したのではない。
上記の諸事情を克服する為には、旧来の非能率な鍛錬法に依らない合理的製法で低廉かつ高性能刀剣を多く供給すべきだと訴えたかっ
たのだ。興亜一心刀はその良き見本として例示したにすぎない。
満鉄が旧来の非能率な鍛錬法に依らないで科学的刀剣製作法を取り入れて独自に刀剣を製作した様に、時代の要求に則した刀剣をもっ
と他所でも製作されるべきであると合理的精神を以て願っていたのだ。

特に、「古来の日本刀に劣らざる以上、等しく純然たる日本刀で有ると云ふ事を強調して止まない次第で有る」と書かれた箇所が私の
心を打つ。そうだ、その通りだ。私も全く同じ考えである。
後世の我々がこの様な時代背景の中で製作された刀剣を忌避すべき理由など、何処にも、誰にも無いのである。

                                                平成丙戌夏 K.森田
                                               July,2006     K. Morita 

興亜一心刀の時代的意義

水龍齋瓊淵

(旧漢字のみ現代漢字とした) 

刀剣の持つ実質的威力は、折れず曲らず良く斬れると云ふ三つの条件に依つて定まる。
造刀上、此を完備させるには、先決問題として良鋼を得る事である。
古来刀匠は、幼稚なるタタラ炉にて製造された含炭量高く、夾雑物の多き、其の儘使用不可能なる玉鋼を自ら種々なる鍛錬法を以て、脱炭法を行ひ、介在する夾雑物を排除し、含炭分布状態を平等ならしめ、真に精美にして強靱なる地金を製作したものである。

其の鍛錬工程中の副産物として、自然に肌模様が顕れ、愛刀家に喜ばれる美術的要素の一つが生まれた。
又、此の玉鋼中には、刀身に最も悪影響を及ぼす燐、硫黄等の不純物の熔入少なき為、地金に潤ひが有り、冴えて所謂精美で有ると
云ふことが定説である。

明治以来、我が製鉄業の発達と共に、玉鋼の如き不生産的且つ非能率的な物は漸次省みられなく成った。
僅かに一部の刀匠が是を使用するのみにて、タタラ炉は遂に跡を絶つに至つた。
真面目な刀匠は、現在猶(なお)此の制限有る玉鋼を崇拝し使用して居る。(註満州事変以来二三の古式炉の復活を見る)
其れは、此れに匹敵する近代的の良場無き為で有る。
然るに一部の刀剣業者は経済的見地から、凡そ刀剣製作上不向なる含炭量高く、不純物多き熔鋼を以て、刀剣を鍛造した。
其の製作法は古式の如く高熱を以ての鍛錬は不可能で有る為、心金を入れる事無く、所謂丸鍛へ式の延棒で有る。
其の結果は、焼刀に於て、殆ど伝統的の刀紋をなさず、鋩子に微妙の働き無く、地金は卑しくして灰色を呈し、純美なる感更に無く、実用に当つては折損の懼(おそ)れ多分に有り、愛刀家をして唾棄せしむるばかりの物と成った。
此の作風が洋刀とか昭和刀とか云はれて、先入的観念から、多量生産刀排撃の声が現に高いので有る。

然し、時代は遂に造刀に最も適した鋼材を多量製造する事に成功した。即ち満鉄に於ける日下鋼で有る。
現に華実兼備の軍刀として我が刀剣界に誇らんとする興亜一心刀即ちこれで有る。
此の製鋼法に就いては別に述べぬ事として、古来鍛冶が不経済なる折返し鍛錬法を施して、漸く出来得た造刀に適当なる粘靱性に富む
精美なる材質を、既に、一箇のインコツドに於て完備して居る。
世の多くの多量生産刀鋼材の如く、少々の高熱に依り亀裂を生ずる等の事も無い。
試みに、古法に準じ、折返し鍛錬を施して見ると、些少の亀裂を生ずる事無く、完全に密着し、恰も卸し玉鋼を十数回鍛錬せる材料を扱ふと異る所が無いので有る。
焼刃に於ては、錵匂の如きは一見して近代刀とは思われぬ。
直刃にしては、肥前忠吉を髣髴させ、乱刃に於ては、足入深く、働き盛んにして、鋩子の如きも返り品位高く、此が多量生産刀なりやと疑はしむるものが有る。
地肌は精美なる梨地にて、不自然な所無く見事で有る。此が実用価値に於ては、既に幾多の試験器具に依り実験され、殆ど古刀に匹敵する成績を掲げて居る事は事実で有る。

何の道に於ても其の蘊奥を極むるには、一生を通じても猶容易ならざるもので有る。
況んや深奥なる意義を蔵する刀剣の鍛造に当つては、特に興亜一心刀の製作上幾多の改良向上を要する分野は数々有るが、現時局下に於ける皇軍の必須欠く可からざる軍刀の不足を来して居る時、斯の如き、画期的優良なる、鍛刀鋼材の出現と共に、多数の優秀
軍刀が製作されるに至つた事は、斯界の誇りで有ると共に、国家的幸慶事で有ると思ふ。

多量生産刀と云へば、先に述べたる如く、一般に先入主観から来る不信用の点が有るが、一概に嫌ふべきもので無い。
往昔天下非常の時に際し、間に合わせに実用一点張りの数打を当事者は鍛冶に命じた。
然も其の数打刀が真に赫々たる功績を掲げ、鎮護国家の偉大なる剣威を発揮せる事が明かに伝へられて有る。
我が国是は、唯神の大道に従ひ八紘一宇の大理想顕現に在る。世界至る所神国ならざる所無し。

時代が生んだ集団的に一箇の技術を持つ刀匠が、大陸に於て大陸の鉄を採り、日本精神を打込み、精進鍛錬せる軍刀をして、小乗的の見地より非日本刀として嫌忌し、此れを誹謗する者有りとせば、時代に目覚めざる不見識の者で有ると云つても過言では有るまいと思ふ。
(かか)る見地からして、独り興亜一心刀のみならず、今後優秀なる多量生産刀が随所に出現するで有らうが、其の精神に於ても実質に
於ても、古来の日本刀に劣らざる以上、等しく純然たる日本刀で有ると云ふ事を強調して止まない次第で有る。



2013年9月15日より(旧サイトより移行)
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