軍刀抄 満鉄刀の全貌(5) 0 |
満鉄刀の実態と所見 |
特急「あじあ號」と満鉄社章 |
南満洲鉄道株式会社(満鉄=本社大連)は単なる鉄道会社ではない。明治39年(1906年)に 設立された国策会社で、鉱工業、炭坑製鉄、教育、農業、都市建設、電気・水道、医療 など極めて多肢に渡る事業を展開した。 後に、満洲重工業開発株式会社(満業=国策会社)が設立されて、満鉄事業のかなりの部分 が満業に譲渡され、鉄道・撫順炭坑・調査の三部門に縮小されたが、日本の国家予算の 半分規模の資本金、鉄道総延長一万キロ、最盛期には社員40万人を擁して満洲に君臨し た巨大企業であった。 設立当初の「社名」でこの企業の内容を判断すると満鉄の本質を見誤ることになる。 「興亜一心」を通読して、興亜一心刀が単に日本刀の非生産性を補う為だけの安易な発想 で造られた物でない事が明確である。 満鉄が持てる技術力を結集し、古来手作りの日本刀の鋼材や作刀法の長所と欠点を徹底 的に分析し、科学の力で優れた日本刀の創出に挑戦した満鉄の矜持(きょうじ=誇りを持つ事) が窺(うかが)える。 |
満鉄総裁 松岡洋右 |
この日本刀を知った松岡総裁は、祖国の重責を担う満鉄社員の精神的支柱と満鉄魂の表徴に相応 しいと判断し、時を同じくして、軍刀不足に悩む関東軍から「良質軍刀」の供給要請を受けた事 と重ね併せ、情熱を持って軍刀製造を下命した。 当時、日本は五族協和 (日本, 朝鮮, 満州, 支那, モンゴルの五民族の和合・協和を目指す) を スローガンにしていた。 松岡総裁はその願いを込めて「興亞一心刀」と命名した。 「興亞一心」とは、亜細亜(アジア)の民族が心を一にして共に亜細亜を興(おこ)そうという意味で ある。 「供給不足で且つ優良な軍刀は容易に入手出来ない状態」という関東軍の協力要請に、満鉄が大 きな意欲をもって期待に応えようとした事が窺(うかが)える。 |
古来鍛錬法の日本刀断面図→ 理想通りの心鉄配置にならない |
←参考 満鉄モロ包み鍛錬※ 興亞一心刀断面図 心鉄が理想通りに配置されている |
← 甲圖 興亞一心刀断面図、@〜Cは組織顕微鏡寫眞の部位を示す 筆者所感 @の部位の心金と側金(皮金)の配置接合組織顕微鏡写真を見ると、皮・心金の接合部が見事に融着して いる事が確認出来る。 今迄、折り返し鍛接は「和鋼」だから可能であって、「洋鋼」は鍛接し難いと言われてきた。 これを見る限り、こうした真事(まこと)しやかな話しには何の根拠も無い。 鉄鋼石から抽出した満洲産「洋鋼」も見事に鍛接している事が解る。 顕微鏡写真の部位 @皮・心金の接合部 A心金 B皮金 C刃部の各組織 以下同様 @〜Bは200倍顕微鏡写真 C刃部は500倍顕微鏡写真 (@〜Cの各部位組織顕微鏡写真は掲載を割愛した) |
← 古来の日本刀 次に参考の爲古來日本刀の屑物使用に堪へざるもの※二三本刀身を切断して心金と側金との配置接合 組織を研究の爲め寫眞に致しました。 ※ 何時の時代の戦闘で破損した刀であるかは不明 ←左圖(乙圖)は志津三郎兼氏作と稱する刀身を切断して顕微鏡寫眞をとりたるもの 黒色部ハ硬鋼稍(やや)白色部ハ軟鋼デアル 如何ニ硬軟組合セガ出來テ居ルカガ明デアル 注: 満鉄の分析者は二枚構造を当たり前と思っていたので皮・心鉄が混じり合ったと糧釈したが、逆 甲伏鍛えの乱れにしては硬・軟鋼の分布状態が極めて不自然である。 硬・軟鋼の「練り材」だったと判断する。 銘が正しいとすれば、練り材の古刀丸鍛えが自然であろう。 |
←
丙圖は相模守藤原廣重と稱する物を切断したるものにして黒色の部分は硬鋼白色部分は軟鋼 である 注: 四方詰めの積もり ? 硬・軟鋼が鍛延火造りの段階で混じり合い、危ない構造となった。 心鉄の中にも皮鉄が混ざり込んでいる。 心鉄構造には、破断検査の結果、心鉄のバランスが崩れたこのような刀身が多いと 刀匠・柴田果も述べている。 小倉陸軍造兵廠でも、当時の刀剣展入選刀匠の作にも、硬・軟鋼の配分が乱れた作品 が同じように多い結果が出ている。 実戦刀には不向きであることが分かる。 |
刀 名 | 刃 表 |
刃 裏 | 表裏平均 | ||||
最高 | 最低 | 平均 | 最高 | 最低 | 平均 | ||
村正(眞二代) | 72 | 50 | 57 | 70 | 50 | 57 | 57 |
廣光(眞) | 75 | 60 | 66 | 77 | 59 | 58 | 67 |
水心子正秀(眞) | 74 | 52 | 68 | 81 | 60 | 68 | 68 |
祐定(眞) | 71 | 50 | 63 | 68 | 45 | 61 | 62 |
波平(眞) | 70 | 45 | 61 | 66 | 50 | 60 | 60 |
興亜一心刀 | 72 | 50 | 57 | 71 | 50 | 57 | 57 |
|
炭素 |
満俺 (マンガン) |
珪素 |
燐 |
硫黄 |
皮鐵 | 0.57 | 0.05 | 0.17 | 0.018 |
0.003 |
心鐵 | 0.23 | 0.15 |
0.21 | 0.020 |
0.008 |
國 |
地 域 |
純鉄率 |
酸化チタン含有率 |
満洲國 |
奉天省本渓縣牛心臺 | 72.00% | ナシ |
奉天省遼陽縣弓長嶺 | 69.06% | ナシ | |
北支那 | 山東省金嶺 | 61.51% | ナシ |
日本國 |
島根縣仁多郡島上村 | 61.85% | 4.42% |
広島縣此婆郡小奴可村 |
60.42% | 5.79% |
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