異説・たたら製鉄と日本刀 (6)00
弥生〜古墳時代

古 代・褐 鉄 鉱 製 錬 の 可 能 性

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国 内 製 鉄 の 問 題 提 起

 古代ペルシャ・アケメネス朝時代(BC550年〜BC330年) インド鋼の剣が珍重されていた。
 この鋼は、はるばる大河下流や河口の大湿地帯のクチュやラホールから輸入された。これらはウーツ鋼の産地である。
 古代 ギリシアの医師、歴史家であるクテアシスは「インド鋼は毎年黄金の液で満たされる泉から汲み出された鉄から造られる」
と言い、アリストテレス(BC384〜BC322.)も同じことを言っている。これは「水辺の鉄」(赤鉄鉱、褐鉄鉱)を表している。
 世界的に見ても、水辺の鉄=沼鉄鉱、湖鉄鉱(以下、湖沼鉄と略)は広く分布し、簡単な採取と低温還元の特徴から、未開の原始社
会に相応しい製鉄原料であったと思考する。

 水辺の鉄は欧州での研究が盛んである。ケルト族(原住民)のつる草の鉄の製錬実験や、類似の発表が相次いでいる。
 又、6世紀のスカンジナビア半島の泥炭製錬が実証され、バイキングが武器をこれで獲得したことが証明されている。
 ルードウィヒ・ベックも「鉄の歴史」の中で湖沼鉄を製鉄原料として明記している。

 この湖沼鉄は、日本でもリモナイトなどの様々な名称で全国に分布するが、考古学的にこれが着目されることは余り無かった。
 その理由は、砂鉄の固定観念が強い事、低温還元する湖沼鉄製錬は製錬炉が簡便な為に顕著な炉址が残り難い事などが挙げられる。
 然し、原料採取の簡便さ、低温還元の特徴は、原始製鉄原料の可能性を充分に秘めている。
 縄文土器、須恵器、土師器(はじき)の焼成を考えれば、寧ろ、湖沼鉄(褐鉄鉱)製錬が無かったとする方が不自然に思える。

 今般、市井の研究者が湖沼鉄の一種のリモナイトの製鉄実験を繰り返して軟鉄の析出に成功し、鉄鏃、刀子の製作も実証された。
 国内では、複数の研究者が湖沼鉄製錬にチャレンジしたものの、鉄器の製作まで実証した例は希有である。
 未だ課題を残すが、ヨーロッパの例からしても、日本での湖沼鉄製錬の可能性を示唆した意味は大きい。
 今後、遺跡の発掘に際し、褐鉄鉱、赤鉄鉱の遺物を考察する際、湖沼鉄製錬を意識する必要があるように思われる。
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古 代 製 鉄 原 料 と し て の 褐 鉄 鉱 の 可 能 性

〜 パイプ状ベンガラに関する一考察 〜

山内 裕子  

1 はじめに

 大阪(河内)では、弥生時代〜古墳時代までの鍛冶遺跡・鍛冶関連遺物が多く発見されている。
 しかし鉄原料の調達や、原料そのものが何であったかは明確ではない。
 現在、通説では多くは朝鮮半島からの舶載品とするが、出土する鉄滓量から見ても、これほど多くの精錬鍛冶をまかなうだけの鉄
原料を遠隔地より運搬したのは非合理的ではないか。
 そこで、古代での製鉄(製錬)の可能性を検討する為、近隣にその製鉄の原料となり得て、比較的容易に採取・入手できるベンガラ
(鉄バクテリアの代謝生成物・川や田で見られるオレンジ色の浮遊物・沈殿物、いわゆるパイプ状ベンガラ)に着目し、この鉄分が古
代製鉄の原料に利用可能か、又、利用の可能性があるかを、その組成・成因や地質などから検証するとともに、今回は鍛冶遺跡のあ
る大阪府交野市近隣から採取したパイプ状ベンガラを試料に、実際に製鉄・鍛冶も行った。
 また、北欧・スウェーデンでは日本のパイプ状ベンガラと同じもので実際に古代より製鉄をしていることも紹介し、類似点等を挙
げた。
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2 パイプ状ベンガラ

 パイプ状ベンガラとは考古学上の一般的な呼称である。本来は自然界で一番多く見られる鉄バクテリア(Leptothrix ochracea)の代謝生成物である酸化鉄と、鞘状・中空筒状の形態を持つバクテリア本体の両者を含む(1)
 写真1のように光学顕微鏡では糸状で、これらは付着性のないゆるいコロニーを作る(2)
 田んぼの側溝や湿地帯などに見られるオレンジ色の浮遊物・泥状のものがそれである。
 鉄バクテリアが生成する『鉄』、パイプ状ベンガラは、多くの分野で研究され、各分野でその呼称もそれぞれ異なる。
 環境土壌学では、「斑鉄」「褐鉄鉱」「酸化鉄黄土」と呼ぶ。
 陶芸分野では「ソブ」と呼ばれ、釉薬(ゆうやく)に用いる。
 地質学では、「鉄バイオマット」「鉄バイオフィルム」、科学分野では「バイオ酸化鉄」、考古学では一般的な中空・筒状のLeptothrix属のバクテリアによる生成物をパイプ状ベンガラと呼ぶ(3)


写真1 鉄バクテリアLeptothrixの光学顕微鏡写真

2.1 パイプ状ベンガラの成因
 交野市をはじめ、生駒山系・奈良盆地でパイプ状ベンガラが大量に産生する理由は、鉄分の多い地下水に起因する。
 生駒山系は鉄分を含む花崗岩や斑レイ岩との関係が深いと考えられる(4)。(図1)
 風化過程で黒雲母から鉄分が溶脱し、地下水中に濃縮したと推測できる。
 この地下水からの湧水で、鉄バクテリアが繁殖し、鉄バクテリア代謝生成物が生成されると考えられる(5)
 奈良盆地や大阪平野(交野市)の地層には黄鉄鉱層があり、そこから鉄分が湧出し生駒山系同様、鉄バクテリアによりパイプ状ベン
 ガラが産出する。現在も浄水場では鉄分除去装置が稼働し、大量のパイプ状ベンガラを産業廃棄物として処分する。



2.2 鉱物としてのパイプ状ベンガラ
 Leptothrix属(パイプ状ベンガラ)は生体鉱物で、低結晶性のFerrihydriteを作ると指摘されている(1)
 軽元素を除いた元素組成が数%のオーダーで、Si、Ca、Mn、などを含むことから鉄鉱石として考えれば非常に高品位で、鉄鋼製造
 工程では鉄鉱石の代用が可能とされている(6)
 パイプ状ベンガラは鉱物学的には。 γ-FeO(OH)、 鱗鉄鉱、 (lepidocrocite)に分類され、約350℃の加熱で脱水し、γ-Fe2O3
 (マグへマイト・磁赤鉄鉱)へ構造が変化し、磁性を持つ。

2.3 歴史上の利用例
 この「パイプ状ベンガラ」は顔料や塗料に用いられた。
 古くは縄文時代の土器の彩色に、奈良時代には元興寺の創建木部材に外観塗装材料の赤色顔料で検出される。
 また、装飾古墳壁画の彩色顔料や、正倉院宝物の一つである彩絵仏像幡の幡脚塗装の伝世資料でも報告され、平安時代前期頃の平
 安宮跡主要建造物関連の出土軒平瓦にも付着する(3)
 このように、「パイプ状ベンガラ」は古くから多用されたから、これらを意図的に選択し、採取したと考えられる。
 そこで、より鉄分濃度が高く色調が鮮やかなものを得るには、フロック状の「パイプ状ベンガラ」の採取が必須条件となる。
 また、以下の観察より、色調は、「パイプ状ベンガラ」の加熱・強熱で、違った色調が得るられる(赤褐色・朱・橙)。
 この場合、強熱でもパイプ状は消滅しない。

2.4 加熱による色調・形状の変化
 パイプ状ベンガラを、(1) 乾燥のみ、(2) 300℃、(3) 800℃加熱した場合の色調・形状(光学顕微鏡×900)を比較した。

表1

 赤色顔料も800℃ほどの高温で加熱されたものと考えられる。また800℃まで加熱してもパイプ状を呈し、消滅することはなかった。
 このように、赤い色調を得るにはパイプ状ベンガラを800℃まで加熱したと考えられ、さらに高温で加熱し、製鉄した可能性もあ
 るとみられる。
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3 製鉄実験

 パイプ状ベンガラを原料に七輪2個を用いて、製鉄を行った。

3.1 操作
 フロック状のベンガラ約500gを自然乾燥させ、焙焼する。七輪上部まで約3cm角に砕いた木炭 
 を充填後点火し、ドライヤーで炎が上がるまで送風する。上段に底に穴をあけた七輪をかぶせ
 更に送風する(温度は1200℃以下であった)。(写真2)。
 炎が上段の七輪上部から出たところで送風を止め、ベンガラを入れ炭を足す。
 5、6分間隔でベンガラ・炭を加え送風するという一連の作業を繰り返す。
 生成物が送風口を塞いだところで操作を完了し、炉内を冷却後、生成物をすべて取り出す。
 塊状の生成物を割り、中から金属部分を取り出す。 


写真2 七輪炉
3.2 結果
 炉内の生成物と顕微鏡観察を以下に示した。

 (1)鉄滓  生成物の名称: 鉄滓、生成位置: 炉内上部、重量: 計18.1g





 (2)海綿鉄  生成物の名称: 海綿鉄、生成位置: 炉内上部、重量: 計9.1g



 (3)炉内流動滓



 (4)炉底塊   生成物の名称: 炉底塊、生成位置: 炉底(送風口)、

計測値
 直径
  9cm
 短径
  7cm
 厚さ
  5.5cm
 重量
  240g



 (5)炉底塊内鉄粒  生成物の名称: 鉄塊・鉄粒、生成位置: 炉底塊内部、重量: 計20.3g
    炉底塊を破砕し、中から鉄塊(粒)を取り出した。


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3.3 考察

 炉底塊
 240.0g
 鉄滓
 18.1g
 炉内流動滓
 4.2g
 海綿鉄
 10.3g
 鉄塊・鉄粒総量
 20.3g

      
                    写真3

 鉄粒は分析結果から、炭素量0.02%以下の極軟鉄であった。
 大変軟らかいため、加熱せずとも鍛造が可能であり、板状のものが作成できた(写真3)。
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4 スウェーデンのベンガラによる製鉄

 スウェーデンでは日本と同じベンガラ(パイプ状・それ以外の形状のものも含む)が採取され、実際に古代より直接製鉄が行われて
いる(7)。ベンガラは「泥状沼鉄」と呼ばれ、日本同様湿地に産出し、製鉄のみならず、墓の中の遺骨に散布されたり、墓の中を装
飾する顔料に用いられた。
 そして、「通貨鉄板(Spadformiga)」と呼ばれる日本の鉄鋌のようなものも、このベンガラの低温還元製鉄で作られた(8)
 今回、スウェーデンのCatrina Tangen氏に実際に古代製鉄実験に使ったベンガラや資料を送って頂いた。
 炉は直径約30cm、炉高約75cmの竪型円筒炉での実験による生成物等を顕微鏡で観察した結果、ベンガラはパイプ状と球状の混合物
で、海綿鉄(いわゆるヒ)は炭素量が低く、鍛造された鉄は幾分炭素量が上昇していた。今回の当実験結果とほぼ同じであった。

←写真4               写真5→

写真4,5はスウェーデンのベンガラ(泥状沼鉄)で、顕微鏡観察から球状・パイプ状の
ベンガラであった。日本でも同様の光景を目にできよう。今回実験に用いたパイプ状
ベンガラも同様の泥状である






←写真6

 写真6はSpadformigaと呼ばれる古代の鉄鋌様物で、
 通貨に用いたとされる



            写真7         写真8→
写真7は実際にスウェーデンから送っていただいた試料である
写真8は、炉高80cm弱の炉での製鉄の場面である  
6

5 まとめと今後の課題

 鉄バクテリア代謝生成物であるパイプ状ベンガラは、縄文時代から古墳時代にかけて、九州から北海道に至るまで全国中で使用さ
れた。赤色顔料に用いられるが、パイプ状ベンガラの乾燥物は黄色味の強い橙色のため、鮮やかな赤を表現するには800℃程度の高
温での加熱が必要となる。
 このように、パイプ状ベンガラを加工していたことや、地理的・地質的に比較的容易に採取・入手できること、また北欧では同様
のベンガラで実際に古代には製鉄していた事実からも、日本でも製鉄原料に用いた可能性は否定できない。
 今回、実際に鉄バクテリア代謝生成物を材料に七輪を用いた還元装置で実験した結果、鉄が生成した。
 通常たたら製鉄は砂鉄(磁鉄鉱)を用いるが、鉄バクテリア代謝生成物は砂鉄より粒子径が小さく、質量も小さいため高温を維持す
る時間や炉の高さなど、通常のたたら製鉄とは条件が異り、炉高も温度もかなり低い状態で製鉄が可能である。
 今回の実験後に、ベンガラの量など条件を変えることで写真9のような鉄塊ができた。
 これらをいくつか集め、ある刀匠に鍛造(積み沸かし)していただいた結果、鍛接可能な鉄だとわかった(写真10)。

 今後は炭素量なども考慮しながら刀子などの鉄製品が製作可能かどうかを検討するとともに、金属部の化学分析や、炉のそれぞれ
の部位で生成する鉄滓に関する顕微鏡観察も行い、各還元過程での組織の変化などをより詳細に調べたい。
 現在、鉄バクテリア代謝生成物は重金属等を吸着するという特性を生かした重金属等の除去法(バクテリア・リーチング)が研
究・実用化されている。鉄バクテリア代謝生成物は重金属等を吸着するため重金属等が含まれる。
 したがって、その地域の地下水や土壌に含まれ、地下水に浸み出す元素(P、Pb、As、V、Tiなど)を吸着するから、鉄バクテリア
代謝生成物の分析、また鉄バクテリア代謝生成物から製錬した鉄の成分を分析することにより、製鉄原料に使用された可能性を追求
できよう。





炉内の鉄塊・粒を冷間鍛造して作った鉄鏃



参考文献

 1)佐藤一博、田崎 和江:「鉄を含む地下水に生息する鉄バクテリアのバイオマット形成」日本地質学会学術大会講演要旨 110
   37 2003-09-10
 2)鈴木 昇 :植物生態学会報 1 (3) 145-150 1952-03-01
 3)北野 信彦・ 狭川 真一 ・ 窪寺 茂 :「元興寺五重小塔における外観塗装材料に関する調査」『保存科学』 (47) 53-68 2007
 4) 地学団体研究会大阪支部編著『大地のおいたち』1999-01
 5) 野村隆光:「鉄バクテリアのバイオマットから鉄顔料と鉄をつくる」地学研究 第56巻 第2号 2007年7月
 6) 横山 精士・草野 圭弘・高田 潤・村上 隆:「鉄細菌鞘Leptothrix sp.のキャラクタリゼーション」社団法人日本材料学会
   学術講演会講演論文集 53 375-376 2004-05-1
 7) Catrina Tangen : FORNTIDA JÄRN Ancient Iron
 8) Marta Lindeberg : Järn i jorden Spadformiga ämnesjärn i Mellannorrland


 本論稿は2013年10月、福岡大学考古学教室・武末純一教授の監修を得て「古文化談叢・第70集」に収録されている





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