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海 軍 士 官 短 剣

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 英国海軍の指導を受けた帝国海軍は、明治6年(1873年)12月15日、西欧短剣を模した二種類の海軍短剣を採用した。
 一つは少尉試補・士官候補生徒・曹長用、他の一つは下級下士官用である。
 前者は真鍮製、後者は鉄製装具を付け、木製黒革巻鞘、護拳は側面形状でストレート。柄は鮫皮に金線が巻かれ、背金一体兜金の
終端は平坦、装具は装飾模様が無い簡素な物で、刀身には鎺(はばき)が無い。
 木鞘は黒漆塗、茶革巻、研出鮫皮巻等の品種巾が生まれる。下士官用は鉄製鞘の可能性もある。
 明治16年(1883年)10月20日、士官用短剣を制定。
 護拳は各先端が鉤型に曲げられ、刀身に鎺(はばき)が付く。
 柄の背金を廃止、ドーム型兜金となり、刀装具には桜花葉の華麗な模様が付く。
 少尉試補・士官候補生徒・曹長用は鉤護拳と背金終端の兜金が僅かなドーム状になった以外の大きな変更は無く、蹄鉄型石突を持
った物もあった。鞘は黒(又は茶)革巻が標準だった。
 この時採用された士官用短剣の形態はその後の海軍短剣の基本となった。
 大正3年(1914年)、将官を含む全海軍士官、士官候補生共通の様式となって終戦迄基本形式は変わらなかった。

 豊川海軍工廠、鎌倉・天照山鍛錬所(海軍御用達)、民間会社でも造られた。
 外装形状の制約から、伝統的日本短刀の組み込みが困難な為、外装に合わせた新作現代刀や機械製洋鉄、ステンレス剣身の仕込み
が多い。
 剣身では、戦艦「三笠」砲鋼使用の「三笠短剣」(瑞泉鍛刀所)が有名である。
 士官の趣向と資力に依って外装細部・刀身品質には巾広いバリエーションが存在する。
 戦争末期には、物資の欠乏で、セルロイド一体整形の柄・金属代用セルロイドの装具となり品質は劣化した。
 士官短剣は、士官個人の魂の象徴に止まらず、社会的地位・権威・男らしさの象徴そのものであった。
 白い夏用詰襟の二種軍装に短剣を佩いた海軍士官の姿は、殆どの女性の心を魅了して止まなかった。
 海軍士官にとって、短剣は誇りと栄誉の象徴であった。












    

               海軍報道班員真継不二夫「海軍兵学校」より

海軍兵学校は海軍兵科将校の養成機関、全国から俊秀が集った。只、学徒出陣以降、学徒出身士官との軋轢を生んだ


外装名称 (明治16年制定士官短剣の例)
西洋短剣拵えの海軍短剣は日本刀装具名称に馴染まない。日本呼称に無理な物は説明に止めた


少尉試補・士官候補生徒・曹長用には蹄鉄石突の付いた物もあった 



兵学校卒業式後艦隊配属、帽章も士官用に変わっている



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