日本刀の考察  刀と日本人3  0
現代における懐剣の意義

女 性 懐 剣

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井伊谷(いいのや)

浜松市北区引佐町井伊谷に鎮座する旧官幣中社。建武中興十五社の一社。菊花紋を戴く
後醍醐天皇の第四皇子で南北朝時代に征東将軍として関東各地を転戦した宗良親王を祀る



節分祭の豆まきを前に勢揃いした、神職、氏子代表、選ばれた方々    (写真提供: 井伊谷宮 様)

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節 分 祭


 節分とは、立春、立夏、立秋、立冬の前日を指す。古来から季節の変わり目には邪気(鬼)が生じると信じられていた。
 このことから、新しい季節を迎えるに当たり、悪霊ばらいの行事が寺社を中心に執り行われて来た。
 豆を撒くようになったのは室町時代からと言われ、江戸期以降は、立春前日の節分のみが行われるようになった。
 鬼に豆をぶつけることにより、邪気を追い払い、一年の無病息災を願うという「豆撒き」を担う人にはそれなりの祈りと心構えが
必要になるのは当然である。
 又、それなりの寺社では、氏子代表以外に、知名人や地域に貢献した人を撒き手に選ぶのが恒常化している。
 「福にあやかる」という意味合いも込められている。

 今年の井伊谷宮・節分祭に選ばれた一人の女性から、日本刀の普及推進をされている方に短刀の所望があった。
 既成の短刀では無く、為打ちが条件だった。
 依頼された方は刀匠ではない。刀匠に依頼する「為打ち」となると時間が足りない。
 依頼を受けた方は歯科医師で、色々な歯科造形用の設備を持たれていた。そこで急遽「銀無垢」の刀身を自ら造ることを思い立た
れた。銀無垢の刀身は、鋼ではないものの、ある面で女性懐剣に相応しいとの判断も働いた。
 銀製品は直ぐに表面が酸化して黒変する。その医師の方は表面が酸化しない特別な処理方法を考案されていた。
 節分祭に間に合わせることが何よりも優先され、結果として豪華な銀無垢の刀身が誕生した。



懐剣を帯に差し挟(はさ)む大石さん(中央下)。その後ろは某衆議院議員




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大石様から懐剣制作者への所感




大石様の所感に、歴史上の刀の意義の一つが浮き彫りにされ
ている。節分祭を終わられた後、真剣の短刀製作を更に追加
で依頼された。

 私のタリズマン(護符)がまた、一つ増え感激しています。
                           注) Talisman
 懐剣(お守り)を手にすると、にわかに私の血潮が動き出します。
 そして井伊谷宮の節分祭に着物を着て帯に挟すと、地に一本の楔が打た
 れ、不思議に背骨に電気が走ったかのような、背筋が真っすぐになり、
 天と地が繋がったかのように感じました。
 天地人、人は天と地をつなぐ者、その助けになるものがこの懐剣かもしれ
 ないと、この時思いました。

 白銀色の懐剣は、その色を連想しただけで神々しさを感じます。
 また、かつての武家の女性になれたような、覚悟を持った肝の据わった
 凜とした女性になれたようで、勇気を頂いたように思います。

 節分祭では、髪に挿していた素敵な簪が豆まきを終えると無くなって
 おり、身代りに厄を落として頂いたことに感謝いたしました。
 素敵な簪と懐剣を魂込めてお創り頂きました寺田先生に感謝申し上げます。

 以前、寺田先生から、刀は鋼を鍛造して造るとお聞きしました。
 また、ある研修会で地球は鉄を構成要素とし、人間の血液も鉄分を必要と
 することを学びました。
 それ故に、丹精込めて創られた刀は、身心を共振する不思議な力が宿るのかもしれません。
 次は、是非タリズマンとして、登り龍が彫られた短刀をお願いしたいと思います。         大 石 C 美




刀身と金具は銀製。金具の表面は変色防止の特殊処理
銀無垢金具の要所に金を被せ、女性用の華麗な拵えとなっている

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短刀制作者から依頼者へのメッセージ


 銀を鍛造して作成した銀製の小刀です。銀は西洋ではお守りとされ、魔よけの御守とされています。

 この懐剣は鋳物(いもの)などではなく日本刀の刀匠の鍛錬の様に炎の中から鍛造(たんぞう)して誕生いたしました。
 古来より炎の中から誕生した日本刀は神徳が宿るとされ、神社の御神体としてもお祭りされています。
 御身の守護のための守り刀ですので大切にして下さい。
                                               制作者  寺田 憲司






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懐 剣 の 意 義


 武家の婦女子は、外出する時に必ず懐剣を携(たずさ)えた。
 直接的には「護身用」であり、広義には邪を斥(しりぞ)ける守り刀であった。
 然し、もっと大きな効用は、自らの精神と行動を律するところにあったように思える。
 大石様が言われるように、懐剣を帯びることで背筋が伸び、凜とした気力が漲(みなぎ)ってくるという刀の不思議な魔力である。
 尤(もっと)も、それは、人間の素養、内面の感性から生まれることであって、鈍感な人に刀は黙して語らないだろう。

 武家社会が終焉して百数十年が経つ。
 今回のお話をお聞きして、時代は変わっても、人の心はそんなに変わるものではないという思いを深くした。

 日本の過去の歴史の大半は武家社会だった。
 故・山田英研師は、その著書「日本刀禅的鑑賞」の冒頭で、日本は古来から「武の国」だったと述べる。
 日本の歴史は将にその通りであった。武士社会の規範となった「武士道」は、そのまま日本の道徳律ともなった。
 武士と刀は切り離せない。
 鉄砲が主力となった戦国時代以降300年間も、武士達は決して刀を手放そうとはしなかった。
 それは、武器を超越した刀の存在意義があったからに他ならない。

 刀には長い歴史上で醸成された人を律する力、人の祈りを誘う力があるからと思われる。日本刀が持つ独特の文化と歴史だった。
 当然のことながら、これは佩用する人間の資質から生ずることは論を俟(ま)たない 。

 戸山流の武道を極められた故・徳富太三郎師をお訪ねした。体調を崩されていて、外部からの訪問を全てお断りになっている最中
でありながら、訪問に応じて戴き、様々なお話をお伺いすることができた。
 筆者の「師にとって日本刀とはどのような存在ですか」と、そのお考えを拝聴したことがある。
 師は暫し黙考された後、万感の想いを込めて「刀は祈りだ」と語られた。
 後日、ご丁寧な日本刀への熱い想いを書簡で頂戴した。
 凡庸な筆者などに、師のこの簡潔な言葉の深淵を推し量ることは俄(にわか)には不可能だったが、晩年に到達された師の日本刀に対
する「悟りの境地」の一端をかろうじて窺(うかが)い知ることができた(と勝手に思っている)
 「刀は祈り」・・・この一言に、武器を超越した刀の存在意義が全て凝縮されている。

 こうした武士の刀に相応するものが武家の婦女子の懐剣だった。やがて、懐剣は婦女子の嗜(たしな)みともなった。
 現在では、結婚式の花嫁衣裳に添えられる懐剣、我が子に対する守り刀などが刀の意義の一端を受け継いでいる。
 大石様の「タリズマン = 護符・お守り」はその端的な例の一つであった。
 又、「エンゲージ刀」が「婚約・結婚指輪」と並んで脚光を浴びていると聞く。以前は花嫁の輿入品の定番だった。
 日本刀が再び見直されるということは、伝統的精神文化の復活という観点で望ましいように思える。



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