日本刀諸情報の検証 (2) 0

日 本 刀 諸 情 報 の 検 証 (2)

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日本刀文献・論稿に関する検証(2)

「たたら製鉄と日本刀の科学」・「伝統的作刀技法」・「日本刀 Wikipedia」


「たたら製鉄と日本刀の科学」鈴木卓夫著


 本書は「日刀保たたら」と「現代刀」の解説書である。著者は(財)日本美術刀剣保存協会 (略称: 日刀保) の幹部職員だった。

たたら解説に関して
 記紀などの古文書を引用して日本のたたら製鉄の起源を述べている。これは「たたら研究会」他の研究で既に公知の事柄である。
 又、製鉄伝播の窓口を山陰地方と断定しているが、考古学的に根拠のない迷信の安直な主張は本書のレベルを象徴している。
 鉄器の渡来と同時期と見做(みな)される細型銅剣の分布は北部九州に集中している。
 弥生中期〜古墳時代の出土鉄器数は九州 84%、中国地方と四国は各 6%、近畿 3% と九州が他を圧倒している※1

 福岡市東部の多々良川流域には古代からの遺跡が多く、河口に「多々良」という古地名が現存する。
 蒙古襲来の激戦地「多々良浜辺」は著名である。川の名も砂鉄の採取に由来し、日本最古といわれる京都市・正法山妙心寺の梵鐘
(国宝)は文武2年(698年)に「九州筑紫」で造られたとの銘文を持つ。

 製鉄関連基本用語「精錬」の使用間違いと解釈違い、月の輪古墳の解釈違いには驚かされた。
 序説では、中国・河北省出土の鉞(まさかり)(B・C1400)の芯鉄の組織が薄い層状となっていることに触れ、「日本刀と同様に折り返
し鍛錬の可能性があり、これが事実とすれば大変な驚きといえる」と記している。
 この著者の原始精錬知識の欠如こそが驚きである。
 折り返し鍛錬が日本の独創とは ? 折り返し鍛錬をしないで鋼を造る古代の精錬法があったら是非とも知りたいものである※2
 世界の原始精錬に関する著者の無知を如実に示す一例となった。
 鉄先進国の概況と数例の国内鉄関連遺跡に触れながら、これらの情報が著述に生かされることは一切無かった。
 不可解の一語に尽きる。
 平安末期の日本刀の完成は、たたら製鉄と和鉄に基づき、折り返し鍛錬と焼入に依る強靱性は和鉄のみの特性と断定している。
 これには科学的な根拠が示されず、地鉄の実態ともかけ離れている。折り返し鍛錬と強靱性の関係に至っては将に妄想である※3

 第二章の「日本刀をはじめ多くの鉄製品には、たたらによって生産された鉄類が使用され」との主張も大変な間違いである。
 平安時代〜天文まで、たたら製鉄は確実に衰退していた※4
 天文の「商用たたら」ですら生産量は少く、支那鉄や南蛮鉄の輸入に頼っていた。
 鉄関連遺跡の紹介資料は、国内鉄市場の実態を雄弁に物語る。遺跡の大半は外部の鉄素材を砂鉄で脱炭した製鋼遺跡だった。
 そこから読み取れる製鉄原料、鉄素材の実態が生かされて初めて紹介した意味があるのだが、それへの言及は全く無い。

 古代からの環シナ海、環日本海交易は全く念頭に無いようである。何の為の鉄関連資料の紹介なのかと理解に苦しむ。
 ともかく、たたら製鉄の開始で、国内の鉄需要は全て和鉄で賄(まかな)われていたとの認識に著者は立っている。
 これは根本的な誤りである※5
 若し、大陸・半島の製鉄状況と、国内鉄関連遺跡の実態を学んでいれば、このような独善的な認識にはならなかった筈である。
 又、戦後「銃刀法」の解釈を引用して、「日本刀は和鉄でなければならない」との主張には最早言うべき言葉も無い。

 戦後「銃刀法」の偏向した解釈※6を古刀からの実態と信じて疑う様子がない。
 「銃刀法」の解釈と、歴史上の日本刀地鉄の実態とは全く次元の違う話である。
 戦後「銃刀法」の身勝手な解説なのか ?  古来からの「日本刀」の実態の解説なのか ? 混迷の深い論旨であった。

    ※1 川越哲志編「弥生時代鉄器総覧」他 ※2 中国・鋳鉄脱炭鋼、漢代の炒鋼は別 ※3鍛錬と強度」参照 ※4日本刀地鉄」参照
    ※5たたらの認識を問う」他参照
    
※6「銃刀法」では、「古来の製法」としか規定していない。それを美術刀関係者は無理矢理「新々刀」の一般的な造り方と勝手な解釈を
      しているだけである。新々刀が古来(古刀)からの造り方であると主張するのは、不勉強か、恣意的意図に基づくかのどちらかである。
      こうした人達が、日本の伝統文化を我が物顔で語っているところに日本刀の悲劇がある


日本刀に関して


途中切断されている南北朝期備前長船政光

 第六章に古刀「政光」の断面写真が掲載されている。日立金属安来工場冶金研究所にて分析された
 という。
 本書の掲載断面写真(左)は部分写真の張り合わせで大変見難い。小片写真の上下に濃度差があり、
 各々の小片写真の左右にも濃度差があって炭素分布の正確な判断が出来ない。
 右の写真は筆者が小片の濃度差を慎重に修正した。
 本体部(著者は刃部、芯部と呼称)の炭素濃度は明らかにばらついている。
 何故このような部分写真の張り合わせになったかの理由は不明。

 断面の大雑把な炭素分布は刃部 0.16%、芯部0.06%、地部0.2%〜0.52%となっている。
 鋼の成分から刃部と地部は同一製鉄原料の異なる炭素量が用いられ、芯部は異なる製鉄原料の鋼と
 なっている。只、測定位置とサンプル数が不明な為に芯部と地部の範囲が分からない。
 従ってこの炭素分布も測定位置のズレに依って変動する可能性がある。

 謎の刀身: 著者は「地・刃共にすこぶる健全」と述べている。上掲側面写真を見る限り確かに刃
 文も残っているようだ。ところが断面写真には硬鋼の刃金が無い。
 著者は「刃先がやや研ぎへったため」と説明しているが果たしてそうであろうか ? 
 仮に尋常な質量の刃金が付いていたとすれば現状の刃部と称する軟鋼と刃金との鍛接境界面で各々
 の鋼に0.5o〜1p近くの炭素遷移が発生する。
 刃金が地部の最高炭素濃度0.52%と同等以上と想定すると、現在の刃部先端は0.26%位の炭素量でな
 ければならない。
 然しながら現在の刃部先端は0.16%C(極軟鋼に近い)しかない。
 そうだとすれば現在の刃部先端(軟鋼)は5o前後長く、その先に刃金が在ったことになる(図1)。
 刃金軸長を5oと仮定すると現在の推定身幅約2.5p(測定位置不明、写真実測比での最大重ねは
 約5.5o)は刃先方向に約1p前後も伸びることになり、相応の身幅を持った刀と言うことになる。
 ところが上掲刀身写真の刃区が約1p伸びた状態を想像すると尋常ではない。「刃先がやや研ぎ
 へった」というレベルではない。「相当に研ぎ減りした刀」ということになる。
硬度表より推定。元身幅は更に長い
 それでは茎の下を削ったのか ?
 その場合は目釘穴との相関関係で茎上部も均等に削ったことになって現実性に極めて乏しい。
 銘の押し形から推測しても茎の身幅は本来の姿であったように思える。
 従って、適当な質量の刃金が付いていたとは考え難い。
 茎の目釘穴の変遷から、ある程度の研ぎ減りを想定したのが図2である。
 刃区との関係から最大でも刃先3o、両側面各1oの研ぎ減りとした。
 元の刀身の中間位置の身幅約2.8p、重ね約7.5oとなってさしたる不自然な諸元ではない。
 但し、重ねはこの半分以下の研ぎ減りと見なした方が妥当なようである。

 日立金属の分析で、地部は最初0.2%Cとされ、再度の測定で0.52%Cに変更された。これは変更ではなく測定位置の違いに依るものであろう。刃部を含めて現状の側面地鉄は0.16%C〜0.52%Cの異なる炭素量の鋼が鍛接されている。
 これは写真の濃度分布からも明らかである。
 問題は元の刃先がどうなっていたかである。これには以下の三点が想定される。

1.刃先に硬鋼(0.5〜0.8%C)が配置されていれば、現在の刃部先端に炭素遷移が及ばない極めて少ない質量の刃金が付いていた。
2.半硬鋼(0.3〜0.5%C)の少ない質量の刃金が付いていた。
3.元々刃金は無くて軟鋼(0.2〜0.3%C)だった。(著者は刀匠の失敗作とも想定している)

 この内、可能性が高いのはどれであろうか。側面地鉄は前記したように均質で一定の厚みを持った硬鋼ではない。
 その硬鋼(部分に依っては半硬鋼)も主として鎬下の部分にしか配置されていない。本書の硬度データ(刀身断面右側)を炭素量の推定に援用すると、刃部先端2o上から硬度が立ち上がり、6oの位置で最高硬度に達し、7.2o点(刃文の頂点近く)から鎬まで急激に硬度が低下する。鎬部は刃部先端と変わらない極軟鋼の硬度である。
 焼刃土を勘案しても側面地鉄には大きな炭素含有量のバラツキが認められる。
 従って、新々刀概念の皮鉄と強引に解釈するのは間違いである。
 それでは刀匠の失敗作だったのであろうか、それとも新々刀の概念に当て嵌(は)まらない刀身構造なのだろうか。
 「日本刀の刀身構造」で説明した室町期古刀「信國吉包」の側面処理の例もある。

 著者は「後世の日本刀のように心鉄と皮鉄の差が明確にみられないため、一見無垢鍛えのように思われるかも知れない。
 しかし、中心部と周辺部の組織の違い」を理由に、新々刀期の心鉄・皮鉄構造と同じであると主張する。
 前記したように、本書に掲載されている炭素濃度、組織写真(刃先からの距離は記載)の位置が不明である。
 刀身の大部分は鉄に近い極軟鋼と軟鋼で構成されている。極軟鋼と軟鋼を強度上の理由で意図して組み合わせる意味がない。
 異種鋼を組み合わせた偶然の結果であろう。硬鋼が配置されたのは刀身側面の一部にしか過ぎない。
 これを以て新々刀期の皮・心鉄構造と同等と比定するのは無理である。

 因みに筆者は日立金属鰍ノ確認の問い合わせを行った。当時の分析担当者は既に存在されなかったが、刀身断面写真は部分写真の
張り合わせで、その理由は不明。心鉄、皮鉄の見解は日立金属の所見ではなく、著者・鈴木氏の解釈に依るものとの回答だった。



 鉄鋼の世界遺産である日本刀の材料科学的研究
    〜古代刀を中心にして〜

   東京芸術大学大学院美術研究科
       代表研究者 北田正弘教授


← 古代刀の縞状構造

     南北朝期備前長船政光
 縦方向に連続したクラックと炭素濃度の縞模様


備前長船政光の刀身構造(推定)
 元々の掲載写真が部分写真の繋ぎ併せで不鮮明であるが、縦方向に炭素濃度の領域とクラックが規則正しく並んでいることが読み
取れる。特に刀身中央部に鮮明に現れている。
 心鉄を皮鉄で包む構造では、決してこのように縦方向に連続性を持った縞模様とはならない。
 上掲写真の右は東京芸大・北田正弘教授による古代刀の断面光学顕微鏡像である。
 これは板状又は小塊状の鋼片を張り合わせ鍛造した刀身である。
 北田教授のグループは、刀匠・河内國平氏に依頼して硬・軟の薄板鋼片を使ってこの張り合わせの作刀実験を行い、古代刀と同じ
刀身構造の再現に成功した。
 備前長船政光の刀身構造は、この古代刀の造り込みに近似している。
 時代からして幾ばくかの研ぎ減りはあったであろうが、その為に刃金が無くなったのではない。後世に言う独立した「刃金」は元々存在しなかったと見るのが妥当であろう。前記した研ぎ減りの想定でも、硬鋼の刃金が存在したとするには無理がある。
 若し、刀匠の失敗作だとすれば、刀身外面の硬鋼が刃先まで鍛延出来なかったか、或は刀身中央部に硬鋼片を配置しなかったことであろう。但しこれはあくまで刃金が存在することを前提とした現代人の感覚であって、それを超越した刀身構造だった可能性も否定できない。
 いずれにしても著者・鈴木卓夫氏の強引な皮・心鉄構造の解釈は的外れと言わざるを得ない。
 古刀はこの一例のみで、後は現代刀匠による現代刀の説明に終始している。

所 感
 本書は基本的に「日刀保たたらと戦後美術刀」の解説書である。本の題名もそうすべきであった。
 たたら製鉄も日本刀も永い歴史の中で様々に変遷しているのだから、本来は本の中身に相応しい表題を付けるべきであろうとつく
づく思う。
 前半のたたら製鉄の部では、世界の古代精錬法がほとんど理解されていない。
 中国・河北省出土の鉞(まさかり)の折り返し鍛錬に関する著者の所見は、図らずも自らの無知を世間に公然と曝(さら)す結果となった。
 たたら製鉄の解説は、近隣「中華思想」顔負けの論調で、「たたら賛美」が基調となっている。
 たたら製鉄は、低温原始稚拙製錬の結果から「偶然」にも固溶元素が少ない単純炭素鋼が得られた。古代では万国で共通する。
 意図したものではない「原始製錬の偶然の結果」を誇るべき技術として讃える思考は理解不能である。                 
 世の中には、これらに関して優れた論稿が沢山ある。著者及び同類の人達が知らないだけで、不勉強の謗(そし)りは免(まぬか)れない。
 
 日本刀の部では、室町期古刀が一例あるのみで、全て現代刀匠による現代刀の解説である。
 然も、一例の古刀構造を強引に「皮・心鉄構造」と主張しているのはいただけない。
 著者は、明治以降に創作された陳腐な「日本刀神話」の盲目的信奉者に他ならない。
 日刀保たたらと戦後美術刀(俗説日本刀)の説明では、中世からの「たたら製鉄と日本刀の科学」の大局的な解説とはならない。
 そこで、如何に古代製鉄や古刀を知っているかを誇示する為に、国内外の鉄関連資料や古刀をアクセサリーに取り上げた。
 そうした粉飾に依って、現代たたら製鉄と現代美術刀が、あたかも古刀期からの伝統であるかのような錯覚を読者に植え付けよう
とした。
 例え無作為であったとしても容認できるものではない。これは日本刀神話を妄信する人達に共通した話のすり替えである。
 然しながら、そのアクセサリーに使った部分によって、図らずも著者の資質を暴露する結果になった。
 又、藁灰と泥水の効用の説明では「?」が拭えない。最も重要な鍛接剤としての視点が欠落している。
 本著が、まやかしの装飾文を排除して「日刀保たたらと戦後美術刀」のみに限って述べていれば、並の本であったに違いない。

「鉄ができた」(技能)と「鉄を造る」(技術)の決定的な違いは何れ「異説・たたら製鉄と日本刀」の項で解説する

1

「伝統的作刀技法」鈴木卓夫著


 日本刀の起源から始まって、各時代の刀身の概略が述べられる。
 但し、平安末期に出現した日本刀は玉鋼、折り返し鍛錬、皮・心鉄構造が最大の特長として終始一貫した論旨てある。
 第二章ではたたら製鉄の解説が続く。
 特定の古文書を引用して半島からの技術伝播の窓口は出雲と見做し、製鉄原料は砂鉄しか念頭にない。これらの間違いは前記し
た。当然のように日刀保たたらの解説が中心である。
 「日本刀で一番重要なことは、タタラによって生産される和鉄、そのなかで最も品質の良い玉鋼を主材料にしているところにあ
る」と断定する。
 それにも拘わらず「日本刀を鍛える」では、唐突にズク卸しの地鉄を付け足したり、論述は既存文献からの寄せ集めだろうか。

 驚くのは、戦後「銃刀法」の規定を持ち出し、日本刀は日本産の鉄を使わなければならず、前書でも「銃刀法の規定は歴史の必
然」と述べる。著者は「銃刀法」の美術刀剣界の勝手な解釈(前述)が、古来からの日本刀の実態を表すものと堅く信じて疑わない。
 更に妄想が続く。「残念なことに洋式の技術が求められると鉄製品の材料は和鉄から洋鉄にとってかわり、そのためにその工芸品
の本来もつべき機能が低下することになりました。日本刀も例外ではなく、明治時代には宮本包則や羽山円真らによって洋鉄による
作刀がこころみられました。また戦時中にはかなり多くの洋鉄刀がつくられています。
 しかし、これは日本刀の形をしていても真の日本刀とはいえません。
 それは洋鉄でつくられたものは、リンやイオウが多く純度が高くないため、曲がりやすく、折れやすく、錆やすく、また切れ味も
おとるからです・・・・」と。
 この主張には何の科学的根拠も示されず、何よりも当時の実態とかけ離れている。科学とは無縁な三文小説の世界である。
 明治以来の陳腐な「日本刀神話」をオウム返しに述べているに過ぎない。著者は一体何を学んでいたのであろうか。
 後は、現代刀のありきたりの作刀工程、研ぎ、刀装製作、日本刀の科学を述べる。

 日本刀の科学では、砂鉄成分、刀身のP、S成分のみが僅かに例示され、刀身組織も表面地刃の鑑賞の観点でマクロ写真が提示され
ているだけある。恐らく、科学的な本と見せかける為の「装飾」であろうが、それらは「単なるデータ」にしか過ぎない。
 何故なら、比較対象データが何も無い※1為に、和鋼の刀が優れている事を証明する何の裏付けにもならないからである。
 科学的論証とは如何なるものかが解らないようで、結果は極めて非科学的な思い込みによる戯言(たわごと)が基調だった※2

 前書同様に「戦後美術刀の作刀技法」と正しい表題をつけて、それのみを述べていれば普通の本であったろう。
 古刀も現代刀と同じ鋼材と造り込みであったと主張した為に、かえって本そのものの信用性すら疑われる結果になった。
※1 電解鉄の鉄滓比較のみある ※2南蛮鉄・洋鉄考」・「日本刀の地鉄」・「斬鉄剣・小林康宏」他参照

所 感
 筆者は過去に、「日本刀は玉鋼で・・・・」という文章を見い出した段階でその本を読む事を放棄すると書いたことがある。
 その文章だけで本の中身が容易に推測され、著者の資質も判断出来る。読むだけ時間の無駄である。
 本書はその類(たぐい)に属する内容である。
 著者の知識は日刀保たたらと現代刀(新々刀 ? )のようであるが、これを古来からの伝統と錯覚しているのは前書「たたら製鉄と
日本刀の科学」と同様である。
 平安期の日本刀誕生以来、鋼材は玉鋼を使い、皮・心鉄構造だったと主張する。そうであれば明確な証拠を示すべきであろう。
 折り返し鍛錬が日本独自のものであり、刀身が強靱になると言うなら、その証拠と試験データを示さなければならない。
 日本砂鉄が最も優れていると主張するなら、せめて半島の砂鉄や旧満州の富鉄鉱石との比較データを、玉鋼刀が最強というなら洋
鉄刀との強度比較試験データを、心鉄構造が最強と言うなら丸(無垢)鍛えの刀との強度試験データを明らかにしなければならない。

 こうした実証や科学的根拠は一切示されず、ただの文学的賛美の主張に終始している。
 砂鉄成分、刀身の化学成分を幾ら羅列しても、比較データが無い限り著者の主張は何一つ科学的に裏付けられた事にはならない。
 著者の単なる妄想にしか過ぎず、実態とはかけ離れた「夢物語」の世界である。
 勉強とは「日本刀神話」を丸暗記することではない
 製鉄と日本刀を論じるなら、我が国に多大な影響を及ぼした大陸・半島の鉄の状況と、交易、国内の鉄関連知識は不可欠である。
 ところが、この著者にはその知識が完全に欠落している。
 主として江戸期の古文書※1には熱心なようであるが、中世の鉄関連遺跡、発掘刀剣の地鉄、鉄市場の実態すら勉強した形跡が認められない。
 若しこれらの知識を持ち合わせていれば、この様な独善的且つ稚拙な主張はとても恥ずかしくて書けるものではない。
 この程度の知識で、古代〜中世のたたら製鉄や古刀を論じるのは無謀であり、「盲(めくら)蛇に怖(お)じず」の諺が思い浮ぶ。
 こうした低俗な出版物は、日本刀剣界の偏向を世間に曝(さら)すだけである。斯界内で淘汰の機能が働く気配は無い。病は深い。

 本書に序文を寄せた(財)日本美術刀剣保存協会々長・山中貞則氏は「鈴木卓夫氏は日刀保の幹部職員としてたたら製鉄、和鉄を
中心に日本刀の研究に打ち込んでいる優秀な学究の徒である。日本刀の全容を科学的に捉え、読者の日本刀に対する認識をいっそう
広く深いものにするに違いない」と記している。
 著者が「学究の徒」とは・・・ 一瞬我が目を疑った。何かの間違いだと思った。
 それ故、「日本刀の全容を科学的に捉え、読者の日本刀に対する誤った認識をいっそう広く深いものにするに違いない」との
原稿だったのに、出版社が不注意で「」と「誤った」を見落とした誤植ではないかと思った。
 然し、出版社の正誤表は付いていなかった。そうであれば、おそらく日刀保の会長は大真面目に書いたに違いない。
 笑えない喜劇であり、救いようのない空しさのみが残った。
※1 江戸期の古文書は眉唾ものが多く、信用性の検討が必須。著者は全て無条件に信じているもよう

両書の総括所感
 日本刀は、その象徴たる古刀を避けては通れない。戦後美術刀だけでは日本刀を語ることにはならない。そこで筋書きを工夫し
た。現代刀 (戦後美術刀) の説明にも拘わらず、それが恰(あたか)も古刀期から伝統的にそうだったと印象づける為に粉飾が必用だ
った。
 この見せかけの飾りが、古代鉄関連資料や日本古文書類の引用である。
 これら大陸・半島の鉄器資料、国内鉄関連遺跡の資料は決して著者の主張に反映されることは無かった※2
 単なるお飾り (アクセサリー) と断定できる所以である。
 中世〜近世の日本刀の実質を語るには、近隣製鉄先進国の状況と交易関係、国内鉄関連の状況は必須条件である。
 ところが前記した様に、当時の大陸・半島の鉄関連の知識、及び中世〜近世の国内製錬・精錬知識があるとはとても思えない。
 この著者は日本しか眼中にない。
 論調から「世界の中心は日本」と考えているようだ。戦前の国粋的刀剣関係者と同じ体質をみる。

 古代〜中世の製錬・精錬遺跡、鉄器・鉄刀類の解明が進んだ今日に於いて、この時代錯誤は殆ど信じ難い。
 今まで誰も間違いを指摘して来なかったから、世間を甘く見て、安易に流れたのであろう。

 本項二書の他、著者には、佐藤昭夫氏の「鉄仏」論稿と、江戸時代の山田吉睦著「古今鍛冶備考」を付き合わせて天文のたたら製
鉄の変革を推定する小論稿があるが、流入していた支那鉄などは全く念頭に無い。
 国内鉄需要は全て和鉄で賄われていたという前提である。全て根底が間違っている。これで客観的な考察が出来る筈が無い。

 又、美術刀剣界では「伝統的」という言葉を好んで多用する。異様なくらいに強調する。
 「私は正直だと強調する人間に限って正直であった例(ため)しがない」との格言がある。
 「伝統」や「古来」の強調にもそうした匂いがする。
 日刀保たたらと戦後美術刀はともかくも、本二書は日本刀の間違った概念を流布して読者を愚弄する罪作りな内容であった。
 残念なことに、考えることを放棄し、こういう本でも無条件に信じてしまう人達が多く存在するのが現実である。
 巷に溢れる日本刀解説書や、Web情報がそれを雄弁に物語る。その現実を思えば「有害図書」といっても過言ではない。
 日本刀の実態を糊塗し、虚構を流し続ける理由は何なのであろうか。
 戦後の美術刀のみを論じていれば良かったものを・・・或は「新々刀の作刀技法」と正確な表題をつけるべきであったものを・・
との思いが深い。
※2 わずかに反映されるのは江戸期の古文書のみ、江戸期の資料は眉唾物が多く、その信憑性の検討は必須である

2

「日本刀 Wikipedia」


 筆者は、随分以前に「日本刀 Wikipedia」を目にしたことがある。
 「日本刀は玉鋼を使って・・・日本独特の折返し鍛錬法で鍛えあげられ云々・・」の書き出しを見て、相変わらずの内容にうんざ
りして全文を読むこともなく、その後二度と見ることはなかった。

 最近、「日本刀 Wikipedia」の記述内容に疑義が出て「ノート日本刀」で活発な議論が展開された。
 Wikipediaで最大の問題点は記述の信頼性である。この信頼性が全世界で問題となり、Wikipediaを撤収した国もある。
 何故なのか。
 Wikipediaの三大方針は「検証可能性、中立性、独自研究は載せない」である。
 検証可能性とは「必ずしも真実である必用はなく、真実であると検証できる参考文献を示す」ことでよいとされた。
 この参考文献の真偽を専門家に依って検証するシステムを「査読制度」という。
 ところがこの査読制度が無いのである。
 仮に在ったとしても、日本刀に限れば、上記で判るように「専門家」を自認する人達が最も信用ならないのだから結果は更に悲惨
となる。この致命的欠陥を悪用すれば、どのような内容の文献でも出典先として明記しておけば Wikipedia の条件を満足したこと
になる。この典型例が「日本刀 Wikipedia」であった。

 「日本刀 Wikipedia」の執筆者が参考文献としたのが件(くだん)の鈴木卓夫著「たたら製鉄と日本刀の科学」と「伝統的作刀技法」
である。
 この二書は「詳細な科学データに裏付けられた内容」だそうである。名のある出版社の出版物は全て信頼できる資料なのだそうで
ある。これを例えれば、「ママがそう言った・・・だから正しいの」という幼児の次元と同程度の資質ということである。
 その拙(つたな)さに最早云うべき言葉もない。「日本刀Wikipedia」の執筆者のレベルと記述の信用性は推して知るべしである。

 参考文献の疑義に対して「評論する場ではない」と話しから逃げ、Wikipediaで最も重要な参考文献の信頼性の検証を拒否する始末であった。何をか況んやである。
 その上、疑義に対してまともな反論が出来ない為に、こともあろうに形式論の浅薄な解釈(屁理屈)を振りかざしての必死の反論は
滑稽さを通り越して哀れですらある。
 この形式論には定説が無く、身勝手な解釈が横行して、Wikipediaを荒廃させた大きな要因の一つとなった。

 彼等の浅薄な解釈だと、支離滅裂な矛盾をもたらす結果になる。その自己矛盾にすら気付いていない。(ノート日本刀参照)

 その一例に「独自研究」がある。彼等の身勝手な解釈に依れば、画期的な新学説、新理論(ノーベル賞受賞論文等)、従来説を覆す
考究などは、それを証明する文献、又は類似資料が無い限り総て認められないそうである。
 前例が無いから画期なのであって、画期的な研究に予めの出典資料、参考文献などある筈がない。
 新理論、新発見は総て独自研究から生み出された。この矛盾をどう説明するのか ?
 日本刀の解説は、他人の間違った情報を安易に参考にしたから虚構に塗り固められた「金太郎飴」になったのではないのか ?
 「天動説」全盛の時代、コペルニクスの「地動説」を正しいとしたガリレオは迫害され、宗教裁判で自説を曲げさせられた後に
尚「それでも地球は動いている」と言った。
 日本刀 Wikipedia の執筆者の屁理屈に依れば、支持する人間がいないガリレオの主張は「独自研究」として否定されるということである。彼らは、支持者が多い「天動説」は正しいと必死に反論した訳である。
 形式論の浅薄な解釈が如何に愚かであることか。さしずめ「天動説」を固持した愚かな連中と同類と言えば分かり易いであろう。
 Wikipediaの創設者が設定した「独自研究」の意味合いはもっと違った・・・例えば論拠の無いもの、科学的に証明できない内容
を指していた筈である。
 ところが、いつの間にか、出典がないことを口実に真実が排除されるという「歪んだ出典至上主義」に陥ってしまった。
 特に、日本語版 Wikipedia の管理者の資質が厳しく問われている。ここでは冗長となるので割愛するが、「Wikipediaの基本的問題」、「出典至上主義の弊害」、「日本語版Wikipediaの実態」などで検索すると、問題点が山ほど指摘されている。
 これらを見ると、日本語版 Wikipedia に未来が無いということが良く理解出来る。
 日本刀 Wikipedia の執筆者達の必死の反論は、現在のWikipediaが置かれた致命的欠陥 = 管理者の独善、歪んだ出典至上主義、その結果としての多数決主義に毒されたWikipediaの実態をそのまま晒(さら)け出したものであった。 

 論稿の真偽は「中身の検証」で行うものである。彼等が弄(もてあそ)ぶ空虚な「形式ごっこの遊び」から何も真実は生まれない。
 まして、真実の条件に情報の形態(本かWeb情報か)は全く関係無い。Web情報が否定されるならWikipediaも否定されねばならない。
 どんな与太情報でも「出版物であれば真実」との主張が如何に愚かであるか、それを証明する好例となった。

 この一連の応答で明らかなことは、「日本刀 Wikipedia」の地鉄、造り込みなどの執筆者に、実態を勉強しようとする姿勢は皆無
であった。それどころか、現世(うつしよ)の真実などは目障りだと思っている。彼等には何を言っても無駄である。
 信仰に現世の事実など必用ない。
 こういう人達の存在が、他の工芸分野から日本刀関係者が胡散臭(うさんくさ)く思われたり、蔑(さげす)まれる一因となった。

 因みに、Wikipediaの創設者ジミー・ウェールズは、記事の信頼性が乏しく、有効な解決策が見いだせないことを自ら認めた。
 Wikipediaの方針は「善意、見識のある」執筆者を前提にしたもので、「悪意又は低次元」の執筆者を想定していなかった。

 元アスキー社長の西和彦氏は「ウィキペディア日本版の編集世話人は独断と偏見で仕切っているので、真実ではなく力(数)が勝っ
てしまう。結局、匿名の人間たちの『無限の力』によって、真実を書こうと思っている人は途中であきらめなければいけない」と述
べている。
 この「匿名の人間達」が「日本刀神話の付和雷同者達」である。数の多いことが真実ではない。
 将に「日本刀 Wikipedia」は、その致命的欠陥を利用した日本刀神話の布教書であった。

 記述の間違いを提言された方々には徒労感のみ残るであろうが、日本刀解説者の大半のレベルと実態の象徴としてこのまま放置し
ておくのも一興かと思われる。
 日本刀解説の低劣さを曝(さら)す記念碑として、それなりの意味があるようにも思えるからである。

 只、残念なことは、日本刀というだけで、他の工芸家や世間から、いつまでも胡散臭い目で見られることである。
 真摯に日本刀を研究している方々にとって、「日本刀Wikipedia」のような解説文は、大変迷惑な存在であることは確かである。

(2010年時点の掲載)

補足) ある方から「日本刀 Wikipedia」の内容が書き換えられたとのご連絡を戴きました。
   確認をしましたところ、以前の印象に残る内容がかなり改善されているように思われました。
   日本刀の造り方も「新々刀」の前提が明記され、軍用日本刀の記述も追加されて確かに一歩前進したようにも思われます。
   執筆者が替わったのかも知れません。
   「ノート日本刀」で問題提起された方々の行為が無駄に終わらなかったことは何よりでした。
   只、冒頭の概説の項にある 特徴は、「折り返し鍛錬法※1」で鍛え上げられた※2を素材とする という記述は、相変わ
   らずとの印象を受けてしまいます。
   何故なら、※1は、世界の原始精錬で鋼を造る普遍的な手法であって、日本及び日本刀の特徴ではありません。
   ※2は、特別に強くなるような誤解を招く文言です。陳腐この上ない表現で、科学的根拠はありません(鍛えと強度を参照)
   この一言だけで、記述全体の信用性を全て失墜します。実態とかけ離れた表現は百科事典として失格です。
   その他、鋼材や刀身構造の推移など、未だ不完全な部分が多くありますが、新しい執筆者の姿勢は一応評価されます。
   只、斯界の認識は、以前の記述内容とさしたる変化がないように思われますので、上記の書評は暫く掲載しておきます。

(2014年1月)



本項の書評について
 

刀剣界は日本刀の「実質」を無視し、これに関する誤りは野放しだった。
関係者は「迷信」を恥じる事なく流布して世間を愚弄し続けて来た。
日本刀に係わる恥部である。この無責任さは糾弾されて当然であろう。
それ故、些か品性に欠けてお聞き苦しいかと思いますが、本項は敢えて
直裁な表現の書評としました。ご容赦願います。



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