将校用軍刀の研究(6) 第五報0

将 校 用 軍 刀 の 研 究 (6)

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將校准士官軍装用軍刀の製作に關する研究・第五報

(昭和17年4月 優良なる現代刀匠の日本刀)

        小倉陸軍造兵廠第一製造所
 陸軍兵技少佐・太田宰治、嘱託・谷村熈、兵技准尉・金山光郎、技手・久保田重穂

1.目  的

優良にして真に信頼し得る軍刀を廉価且つ迅速多量に製造し得る方法に就き研究せんとす。

2.判  決

 1.刃鋼、皮鋼の炭素量は、0.5〜0.7%にして心鉄の炭素量は、0.25〜0.3%にあるを適度とす。
 2.刃鋼、皮鋼及心鉄の組合せ割合はマクリ及甲伏にては 皮鋼/心鉄=1〜2/3、本三枚にては 刃鋼+皮鋼/心鉄=1〜2/3を標準と
   し、心鉄の組合せ状況は弟18圖に示す如く横断面に概(おおむ)ね相似形にしてその先端が焼刃に接近しあるを可とす。
   上記の割合は作業簡単且容易にして切味、強靱性ともに良好にして數度の刃コボレに對して再研磨可能なり※1
 3.日本刀は強靱なれども古来棟打に對しては折損し易きものと知られ居れり。
   然れども刀身各部の炭素量組合せ割合及組合せ状況が判決1.及2.に示すものならば相當に強靱性を保有せしむることを
   得。
 4.鑑賞的に觀て姿上品にして地鉄冴え刃文明瞭にして、觀る人をして感動せしむることを得る刀身は、實用的價値も亦優秀なり
   ※2

       ※1 研磨は出来てもその度に刃鋼と皮鋼及び心鉄との容積配分が崩れ大変危険な刀身になる。その事実は隠蔽されたままである。
         又、刃コボレの大きさ、研磨回数が曖昧で、この判決には科学的な論証が示されていない。
       
※2 「第三報 第7・機械力鍛錬と人力鍛錬の比較」の項で証明されたように、美観の優れた刀が性能的に良い訳ではない。
         第三報の墜撃試験では逆の結果だった。一般論として美的評価が高い沸出来は脆弱、匂出来が粘硬性に勝れる。これは論理的にも
         立証できる。美術刀への偏執がこのような間違った判決となって現れている。これが本一連の研究の最大の欠陥と言える


3.將 來 に 対 す る 意 見

心鉄として適度なる炭素量に達したることを検定する方法に就きては弟4報にて報告せり。
刃鋼、皮鋼として適度なる炭素量に達したることを判定する方法としては、現在の處刀匠の熟練に俟(ま)ち居れるもこれは非科学的にして過誤なきを保證し得ず。
簡単にして而も正確に炭素量を検定する方法ありて鍛錬作業中に刀匠が容易に検定すること可能ならば、優秀なる日本刀の製作は著しく容易となるべし
吉忠、保廣及久廣の鍛錬は機械力に依りたるものなれども實用的にも鑑賞的にも良好なり。
斯くの如く機械力鍛錬にても優良なる日本刀を鍛錬し得るが故に將來は機械力鍛錬を普及せしむる如く指導すること緊要なり。
又和鋼、和鉄又はこれに準ずる不純物少き鉄材は脱炭、吸炭及鍛錬容易にして焼入組織強靱なり。この優秀なる性質を兵器に利用し得る餘地なきやと思考す。

     ※ 筆者注 本研究は従来の作刀概念を脱却でなかった。刀材をあくまで刀匠が造るという前提で行われている。従って機械化は卸し鉄と
      鍛錬(鍛打)に限定されている。又、鍛錬の過程で鋼の炭素量を簡単に測定できる装置の開発は極めて困難であり、例え技術的に開発で
      きたとしても、個人が導入出来る物理的、経済的装置の実現は甚だ疑問と言わざるを得ない


4.実 施 要 領

本研究試験竝に13丁3,056将校用軍刀々刀身5,000振にて刀匠に試製せしめ、切味試験及墜撃試験を実施し、その試験によりて發注すべき刀匠を決定せる際切味良好にして特に刃打、平打及棟打に對して強靱にして實用上適度なりと認められる刀身5振に就きて焼鈍組織及炭素定量分析(2振に就きては炭素の外皮鋼の燐、硫黄、マンガン及珪素の定量分析を行ふ)によりて炭素量の決定、刃鋼、心鉄の組合せ割合及組合せ状況を調査し優良なる日本刀の鍛錬方法に就きて研究試験せり。資料及び購買仕様書名、第4報四項参照
1

5.経 過 竝 に 成 績

1.硬軟組織の組合せ割合の測定組合せ状況及炭素定量分析

  第 1 圖は佐賀縣・木下吉忠作の横断面のマクロ組織にして第一表に刀身の形状寸法、作柄を一括して示す。

               第 1 圖          第 2 圖     第 3 圖     第 4 圖
X 300   硝酸1%酒精溶液   硝酸1%酒精溶液   硝酸1%酒精溶液

           木下吉忠作横断面のマクロ組織     焼刃焼鈍組織    心鉄焼鈍組織 皮鋼・心鉄鍛着面焼 鈍組織

   機械力鍛錬十文字鍛えにして棟鋼付甲伏なり。皮鋼、棟鋼及心鉄の鍛錬回数は各々15回及7回を標準とす。
   測積器(Planimeter)にて皮鋼、棟鋼及心鉄の面積を測定して組合せ割合を測定すれば
   
                     皮鋼+棟鋼/心鉄 = 0.91 ≒ 1
   となる。
   組合せ状況は偏することなく概(おおむ)ね對稱(たいしょう)なるも心鉄と焼刃とは稍々(やや)(へだた)り先端に鍛着不十分の處あ
   り。  
   第2、3、4圖は各々焼刃、心鉄及皮鋼、心鉄鍛接面の焼鈍組織なり。分析成分及組合せ割合を一括して第2表に示す。
   本刀匠は鍛錬回数15回を標準とし、他の刀匠に比して鍛錬回数多し。
   従って地肌精美となり且機械力鍛錬回数のため地肌よく締まり、フクレ及刃ガラミ等の疵すくなく上出來物は肥前新刀に髣髴
   (ほうふつ)たるものあり。本刀匠の作刀を昭和15年8月戸山学校に於て試験の結果良好なる成績を得たり。


  第 5 圖は佐賀縣・元村保廣作の横断面のマクロ組織なり。
 
           第 5 圖         第 6 圖      第 7 圖     第 8 圖     第 9 圖
X 300    硝酸1%酒精溶液    硝酸1%酒精溶液    硝酸1%酒精溶液     硝酸1%酒精溶液

       元村保廣作横断面のマクロ組織      焼刃焼鈍組織     皮鋼焼鈍組織    心鉄焼鈍組織 皮鋼・心鉄鍛着面焼鈍組織

   機械力鍛錬十文字鍛えにして本三枚なり。皮鋼、刃鋼及心鉄の鍛錬回数は各々13回及5回を標準とす。
   組合せ割合を測定すれば
                     皮鋼+刃鋼/心鉄 = 0.676 ≒ 2/3
   となる。
   組合せ状況は偏することなく概ね(おおむ)ね對稱(たいしょう)となすも刃鋼の組合せ割合寡少にして焼刃の中に心鉄の一部を
   認むることを得。斯くの如きものは刃コボレにて直ちに刃鋼を失う虞(おそれ)あるを以てこれを揄チ すること必要なり。

   本刀の心鉄は弟 8 圖に示す如く炭素量少なるものと大なるものとが重ななりてベニア板の如き組織を呈するが故に、焼入れ
   を施したる後は焼入れ効果少なるものと大なるものとが重なりて刃縁及刃の中に現れて砂流しの如き働きを表し美観を呈せ
   り。
   第6〜9圖は各々焼刃、皮鋼及皮鋼、心鉄鍛接面の焼鈍組織なり。
   本三枚鍛へは熟練なる技倆を要するものなれども本刀匠の作刀は鍛着巧妙にして疵少く刃縁附近に鑑賞上興味ある働きを現す
   ものあり。

  第 10 圖は福岡縣・武藤久廣作の横断面のマクロ組織なり。

              第 10 圖           第 11 圖     第 12 圖     第 13 圖
X 300   硝酸1%酒精溶液   硝酸1%酒精溶液   硝酸1%酒精溶液

           武藤久廣作横断面のマクロ組織     焼刃焼鈍組織     心鉄焼鈍組織 皮鋼・心鉄鍛着面焼鈍組織

   機械力鍛錬柾目鍛えにして甲伏なり。皮鋼及心鉄の鍛錬回数は各々10回及6回を標準とす。
   組合せ割合を測定すれば 
                        皮鋼/心鉄 = 1.56 ≒ 3/2
   となる。
   組合せ状況は偏することなく概(おおむ)ね對稱(たいしょう)な るも、心鉄の先端に鍛着不十分の處あり。
   第11、12、13圖は各々焼刃、心鉄及皮鋼、心鉄鍛接面の焼鈍組織なり。本刀は柾目肌よく締りよく揃ひ地鉄冴えて見ゆ。
   刃文中直刃刃縁締り、焼崩れなく豊後高田新刀の刃に髣髴たるものあり。


  第 14 圖は岐阜縣・交告(こうけつ) 兼上作の横断面のマクロ組織なり。 (正式漢字=纐纈)

               第 14 圖          第 15 圖     第 16 圖    第 17 圖
X 300   硝酸1%酒精溶液   硝酸1%酒精溶液   硝酸1%酒精溶液

             交告兼上作横断面のマクロ組織     焼刃焼鈍組織    心鉄焼鈍組織 皮鋼・心鉄鍛着面焼鈍組織

   臂力鍛錬、柾目鍛えにしてマクリなり。皮鋼及心鉄の鍛錬回数は各々12回及8回を標準とす。
   組合せ割合を測定すれば 
                       皮鋼/心鉄 = 0.93 ≒ 1
   となる。
   組合せ状況は偏することなく概ね對稱(たいしょう)をなし、心鉄は焼刃に接近す。
   第15、16、17圖は各々焼刃、心鉄及皮鋼、心鉄鍛接面の焼鈍組織なり。


  第 18 圖は東京府・櫻井神國作の横断面のマクロ組織なり。

               第 18 圖         第 19 圖     第 20 圖     第 21 圖
X 300    硝酸1%酒精溶液   硝酸1%酒精溶液   硝酸1%酒精溶液

           櫻井神國作横断面のマクロ組織     焼刃焼鈍組織    心鉄焼鈍組織 皮鋼・心鉄鍛着面焼鈍組織
  
   臂力鍛錬、十文字鍛えにしてマクリなり。皮鋼及心鉄の鍛錬回数は各々15回及10回を標準とす。
   組合せ割合を測定すれば
                       皮鋼/心鉄 = 0.98 ≒ 1
   となる。
   組合せ状況は偏することなく概ね對稱をなし、心鉄は横断面と略々相似形をなし焼刃に接近す。
   第19、20、21圖は焼刃、心鉄及皮鋼、心鉄鍛接面の焼鈍組織なり。
2

2.硬軟組合せ状況

   組合せ割合及炭素量が撃墜試験成績に及す影響に就いて第22〜24圖及第3〜7表に撃墜試験成績を示す。


第1表 刀身形状寸法、作柄

刀 匠 所 属 佐  賀
福  岡 東  京
名 稱 吉  忠 保  廣 久  廣 兼  上 神  國
刃      (寸) 21.4 22.8 21.95 21.95 22.55
地     肌
小板目約りて冴ゆ 小板目約りて冴ゆ よく揃ひたる柾目
肌冴ゆ
  板 目 肌 板目肌柾目混じり

身幅(寸)
1.05 1.0 1.05 1.01 1.1
横 手 0.75 0.73 0.76 0.71 0.8

重 (寸)
0.25 0.2 0.22 0.23 0.2
横 手 0.18 0.17 0.15 0.15
0.15






刃 文
直刃口小亂交じり
小足入る
小五の目よく揃ふ、
足揃ひて刃先に抜く
  直   刃 腰開きたる亂刃亂
れの谷深く焼幅狭く
なる處あり
直刃に小五目交じり
刃 縁 匂締る崩れなし 刃縁に砂流しあり、
小沸出来所々崩れて
荒沸あり、地沸あり
小沸出来所々崩れ
て荒沸あり
小沸出来所々荒沸
あり
小沸出来所々荒沸
あり



(寸)


焼刃の深さ
/ 地幅
1/3 1/3〜1/2 1/3 1/5〜1/3 1/2〜1/3

1.38 1.4 1.35 1.41 1.36
鋩 子 小丸返り 大丸返り崩れて荒
沸走る
小丸返り 亂れ込み、返り崩
れて
焼詰なれど崩れて
返り深くなる
重   量 (匁)
213 223 213 205 215
重心位置(區より寸)
6.1 7.25 6.95 6.45 6.3
反 り (分)
6
5
5
3.5 5.8
 

第2表 組合わせ割合及分析成分及組合せ割合成分

刀匠名 組合せ割合 炭     素 マンガン
珪素

硫黄
皮鋼 心鉄
吉 忠 0.91 ≒ 1 0.56 0.3 0.031 0.06 0.01 0.01
保 廣 30,676 ≒ 2/3 0.56 0.29



久 廣 1.56 ≒ 3/2 0.73 0.26



兼 上 0,93 ≒ 1 0.6 0.25



神 國 0,98 ≒ 1 0.64 0.28 0.06 0.015 0.015
             摘要 マンガン、珪素、燐、硫黄は皮鋼の分析成分及組合せ割合成分とす
                    は顕微鏡寫眞より炭素量を推定したるもの
3




       
   
    





第3表 墜撃試験成績 刀匠・吉 忠

打法
墜撃
(p)
平      打 棟      打 刃      打
屈 撓
(o)
摘   要 屈 撓
(o)
摘  要 屈 撓
(o)
摘   要
15
1.0

0.9 刃切れ1箇 0.3
25
5.5

3.4
0.8
35
9.8
刃切れ2箇 7.2
1.4
45
16.0
刃切れ1箇 折損
1.8 小なる刃コボレ1箇
55
23.8
刃切れ2箇

2.3
65
32.0
刃切れ1箇

2.6
75
33.0
重錘すべる 60゜に彎曲す

3.3
85




3.8


第4表 墜撃試験成績 刀匠・保 廣

打法
墜撃
(p)
平       打 棟      打 刃      打
屈 撓
(o)
摘   要 屈 撓
(o)
摘   要 屈 撓
(o)
摘   要
15
2.3

0.2
0.3
25
5.0

0.9
刃切れ1箇 0.4
35
8.1

2.0

1.0
45
13.8

4.5

1.4
55
20.0
刃切れ1箇 9.7
大なる刃切れ 2.2
65
25.8

2.2
重錘すべる 2.6
75
30.5
刃切れ2箇 61゜50'に彎曲す

3.4 小なる刃コボレ
85
34.6



5.6



第5表 墜撃試験成績 刀匠・久 廣

打法
墜撃
(p)
平       打 棟      打 刃      打
屈  撓
(o)
摘     要 屈  撓
(o)
摘     要 屈  撓
(o)
摘     要
15
1.5

2.1

0.4

25
4.0

3.0
刃切れ2箇 0.6

35
6.7

4.0

0.7
重錘すべる
45
10.1
刃切れ3箇 10.2

1.7

55
15.7
刃切れ1箇 折損
2.1 小なる刃コボレ
65
19.8
刃切れ1箇

2.3
75
25.4



2.8 小なる刃コボレ
85
27.3
重錘すべる 刃切れ1箇

3.1
95
35.0
刃切れ1箇  60゜に彎曲す





第6表 墜撃試験成績 刀匠・兼 上

打法
墜撃
(p)
平       打 棟      打 刃      打
屈  撓
(o)
摘     要 屈  撓
(o)
摘     要 屈  撓
(o)
摘     要
15
2.7

0.1

0.5

25
6.5

0.8
刃切れ1箇 0.8

35
9.8

1.8
刃切れ1箇 1.1

45
13.1
刃切れ1箇 3.2
刃切れ1箇 1.5

55
19.8
刃切れ3箇 7.0

2.0

65
26.9
刃切れ2箇 折損
2.4

75
28.0
重錘すべる

3.2

85
31.8
重錘すべる 刃切れ1箇

4.4

95
42.0
刃切れ2箇  60゜に彎曲す





第7表 墜撃試験成績 刀匠・神 國

打法
墜撃
(p)
平        打 棟       打 刃       打
屈  撓
(o)
摘     要 屈  撓
(o)
摘     要 屈  撓
(o)
摘     要
15
1.5

0.0

0.0

25
4.5

0.3

0.2

35
8.5

1.1
刃切れ1箇 0.5

45
13.4

2.3

0.9

55
18.8

4.0

1.5

65
23.5
刃切れ2箇 8.6

2.0

75
31.5

折損
3.0
小なる刃コボレ
85
36.5
刃切れ2箇  63.5゜に彎曲す

4.0

95




5.1



焼刃は衝撃的引張り應力に對しては脆弱にして刃切れを生じ易きが故に心鉄を焼刃に接近せしめ、その延伸性によりて刃切れの大ならんとするを防止すること肝要なり。
焼刃と心鉄の先端との距離大き過ぐるときは刃切れ相當に大となる。これ心鉄が作用し始める迄に皮鋼の抗力が引張り應力に耐え得ざるがためなり。
焼刃の中に心鉄の先端を包含するやう製作するは不可能ならざるも刃コボレ再研磨の際刃中に心鉄露出の虞(おそれ)あり。

棟打に對して吉忠の脆弱なりしは焼刃と心鉄先端とに若干の距離あるに因(よ)ると思考す。
又、久廣の脆弱なりしは他に比較して皮鋼の炭素量高く心鉄に比して皮鋼の割合大なる爲なりと思考す。
保廣、兼上及神國は比較的好成績なり。
平打に對しては吉忠が屈撓(くつとう)最も多く、久廣が屈撓最も少く、保廣、兼上及神國は略々(ほぼ)同一の成績を示し兩者の中間に位することを知る。
本報告に擧げたる刀の焼刃は衝撃的壓縮應力に對しては強靱にして比較的に刃切れ、フクレ等を生じ難く、刃打に對しては顕著なる差異を認めず。

第25圖は兼上及神國の刃打による損傷の状況なり。

第 25 圖
刃打による焼刃の損傷状況


刃切れ、フクレ等の有害なる瑕疵(かし)を生ずることなく刃並びが多少亂れたる程度にして刃コボレ及屈撓少く随分強靱なることを知る。
又これによりて日本刀は硬物に對して垂直に斬れば刃コボレ極めて少きことをも了解し得。
保廣、兼上及神國は心鉄の先端が焼刃に接近し組合せ状況は刀の横断面に略々相似形をなす。
第 2 表より心鉄の組合せ割合は保廣が最も多く、久廣最も少なく、吉忠、兼上及神國は兩者の中間にあり、又保廣の皮鋼炭素量最も低く、久廣は最も高く、吉忠兼上及神國は概ね兩者の中間に位することを知る。
吉忠、兼上及神國は組合せ割合及炭素量略々同一なるに拘わらず棟打に對して吉忠と神國及兼上とが相當の差異を示せるは心鉄の組合せ状況の巧拙によるものと判定す。

以上の結果を綜合して平打、棟打、刃打に對する強靱性を併有せしめるには保廣、兼上及神國の組合せ状況、組合せ割合及炭素量を標準とすれば可なることを知る。

3.硬度測定

刀身を切断し平面研磨盤にて兩面を正確に平行とし第 26 圖の測定片を造り一面を琢磨(たくま)し皮鋼、刃鋼及心鉄を區別し得る程度に腐食してヴィッカース硬度計にて各部の硬度を測定せり。その測定値を第 8 表に示す。

  
    第 26 図

  測定ヶ所:
  皮鋼 左右 3 ヶ所       
  心鉄 3 ヶ所
  刃鋼 2 ヶ所


第8表 断面硬度測定値

刀匠名 吉 忠
保 廣 久 廣 兼 上 神 國

皮 鋼

ー  283 263 302
301
282
287
282
287
253
243
305
254
297
304
291
295
292
295
269
277
289
286
307
298
295
271
295
271

心 鉄

177 162 194 194 167
189 164
176
168
164
194
178
178
164
155

焼 刃
622
602
700
575
657
610
657
690
639
685
備 考
備考:皮鋼中右は刃を下としたる際の右側の硬度とす
   上の欄は棟側に近き硬度とす

筆者注: 本5報の研究試験は、和鋼二枚構造の強靱性に関して、皮鋼、刃鋼及び心鉄の各鋼材の組合せ状況、組合せ割合及び炭素量の
考察を行った。そういう意味では大変貴重な資料である。
問題は、この結果を現実の作刀にどのように反映できるかである。
前ページの第22、23、24表で明らかなように、各々の刀匠は平打ち、刃打ち及び棟打ちの三項目を同時に高い次元で実現した刀を造ることが出来なかった。
刃打ちと棟打ち成績で最良の神國は平打ちで久廣と兼上の後塵を拝している。
平打ちで最良成績の久廣は棟打ちでは劣っていた。
刃打ちを強靱にする為には焼刃に心鉄の先端を包含させる必要があるとしながらも、そうすることによって研ぎ直しの際に心鉄の露出の虞を危惧している。
又、本項では、各々の刀匠の刀身断面はほぼ相似形と判定しているが、断面写真を見る限り、棟から刃先まで総て相似形となっているとは限らない。
これらの事実は各鋼の組合せ状況、組合せ割合及び炭素量の微妙な調整が如何に難しいかを示している。


(第五報完)
4

小倉陸軍造兵廠の研究の範囲と限界


本項では確かに和鋼二枚構造の理想の条件を解明した。これは一つの画期であった。
それでは理想とする刀身をどのようにして均質的且つ多量に造れるのであろうか。
これ迄の一連の研究報告は、従来の日本刀の試験分析とその考察に重点が置かれていた。
卸し鉄や鍛錬に関する機械化の有効性、鍛錬過程での炭素量測定の必要 性には言及しているものの、あくまで主体は刀匠であり、刀匠の「手足と勘」の一部分を機械化するという改善提言に留まっている。

小倉陸軍造兵廠の着想は刀 匠の技両の向上と平均化であった。
然し乍ら、各刀匠の熟練に俟(ま)つというのは気の遠くなる話であり、例え熟練刀匠であっても同じ刀は二度と造れないというのが現実だった。
従って、刀匠の力量に依存する理想的刀身の均質且つ多量製作はとても現実的とは思えない。
「優良な軍刀を廉価で多量に製造する」という頭初の高邁な目的に照らすと、小倉陸軍造兵廠の研究はいずれ限界の壁に突き当たる事が予見された。
即ち、刀匠に依る極めて非効率な従来の造刀法(新々刀に準拠)の延長線上での改善には自ずから限界が見えていた。
加えて、美術刀への執着から、実用刀製作と完全に割り切れなかった担当者の中途半端な心情も善後策への提言を阻んでしまった。
これには止むを得ない事情が存在した。

昭和15年8月16日、陸軍兵器本部は「將校、准士官用刀製作、拂下ノ件」(銃伍第一六九號)を陸軍省に申請して認可された。
その付箋に「刀身ハ玉鋼本鍛 トス」と規定された。
これは昭和13年9月16日附兵器本部から造兵廠への新軍刀製作命令に関する陸普第五六六八號通達に対する認可だった。
玉鋼の本鍛刀 としたのは刀剣界の軍嘱託達が兵器本部を操った結果であった。
玉鋼の鍛錬刀との指示は、時局に完全に逆行していた。これが小倉陸軍造兵廠の研究範囲を束縛した。

墜撃試験の各項で各々注釈したように、陸軍刀剣鋼の一枚鍛えは好成績を示し、洋鋼・水素還元鉄は刃打ち、平打ち、棟打ちの各試験で最優秀の成績だった。それにも拘わらず、最適な鋼材の選定を行うことができない状況だった。
刀の先入観を持たない技術者なら、当然鋼材の評価と選択に関心が移った筈である。
何故なら、旧来の日本刀製作で多大な時間を費やし、刀身性能にも影響する のは刀材の人力鍛錬だった。
この不確実性と能率の悪さの改善は、造刀効率を目指す研究者が必然的に行き着く先であったからである。
現に、小倉陸軍造兵廠が本研究試験を開始する段階では、既に新鋼材と新造刀法による満鉄刀の生産が軌道に乗っていた。
小倉陸軍造兵廠は満鉄刀を知っていた筈である。
新鋼材の群水刀や振武刀も出現した。
これらの刀が研究対象にならず、新たな刀材の追求が出来なかったのは、兵器本部の指示に規制された為、玉鋼しか選択の余地がなかったからである。誠に愚かな軍刀行政であった。
こうした複雑な事情がある為に、「将校用軍刀の研究」の冒頭でその範囲と限界を明らかにして置いた次第である。

ともあれ小倉陸軍造兵廠の本研究試験は、新々刀の実態を知る上で大変に貴重なものであった。
只、嘱託だった九州帝大谷村熈教授は本阿弥光遜の影響を受けており、研究担当者が旧来の日本刀の固定観念に引きずられていたのは残念である。又、白紙の状態から鋼材や造刀法の抜本的な研究を自由に行えなかった状況が惜しまれてならない。

満 鉄 と の 着 想 の 違 い

小倉陸軍造兵廠の着想と根本的に異なった道を歩んだのが満鉄である。
満鉄は、刀匠の人力に依る刀材精練(製鋼)及び造刀上の不確実な要素を徹底して排除する為に新鋼材と新造刀法の開発に着目した。
先ず、名刀と目される刀を徹底分析し、皮鋼、心鉄の理想的な配分と炭素量の策定をした。
この策定に基づき、理想的な含炭量の均質な皮鋼と心鉄を工業的に製造した。
人力に依る二枚構造の造り込みは皮鋼と心鉄を刀身左右に相似形に配置するのが大変困難であった。
満鉄・日下博士の戦後回想記に依れば、皮鋼、心鉄は刀用に特別に調整された鋼材で、各々が丸棒に加工された。
皮鋼の丸棒は鍛延で定寸になるような長さに切断され、中心に心鉄を装入する丸穴が機械加工で明けられた。
これは車軸の製造法に基づくものと推定する。
これが心鉄の理想的な配置を実現した。尚、安易な既製品の流用と誤解されるので皮鉄を炭素鋼管と呼称するのは適当ではない。
各丸棒の直径は打ち終わった時に理想的な肉厚(組合せ割合)と配置(状況)になるように計算されていた筈である。
事前計算を可能にしたのは造刀工程の殆どを機械化する前提があって初めて成り立つものであった。

小倉陸軍造兵廠は刀匠の技術の錬成と平均化を追求せざるを得なかったが、満鉄は科学力・工業力を駆使して「人力」という不確実な要素を徹底排除した訳である。
そこから生まれた満鉄刀に製品のバラツキはなく、性能は並の日本刀を遙かに凌駕していた。

こうして見ると、小倉陸軍造兵廠の規制された研究と、満鉄の自由な着想の差は余りにも隔絶していた。
若し小倉陸軍造兵廠の研究が自由であったなら、恐らく満鉄の着想に近い結論を導き出していたように思われる。
何故なら、昭和12年、陸軍戸山学校の「軍刀需給の実情と将校刀身製造の意見具申」で想定した刀身は、将に満鉄が着想したような製造方法であった。
又、軍刀修理軍属であった成瀬関次氏は軍刀の実戦検証から、「日本刀も象牙の塔を出て、武用専一であった古刀時代に本当に復
帰すると共に、南満洲鉄道大連 工場の日本刀製作々業のように、進んだ科学の力を之に加えねばならぬ。製鉄、鍛錬、焼き入れにもあらゆる文明の利器を用いた研究的復古でなくては意義をな さぬ。現代科学により、少ない労力で性能豊かな作刀が出来、然も安価に需要に応じられるからである。
陸軍で造っている「造兵刀」に、こうした意味で一段の飛躍を期待したい。将来を望みたい」と述べている。

これらの期待は裏切られた。
刀剣界の愚かな軍嘱託達に 操られた兵器本部の指令によって、新たな日本刀の可能性の芽が摘み取られてしまった。
 
                        ※ 日本刀諸情報の検証(軍刀行政を誤らした元凶・将校軍刀鑑査委員会)、軍刀不足と造兵刀参照


満 鉄 刀 構 造 の 「if」

ここで満鉄刀の二枚構造に就いて触れて置かねばならない。
満鉄は何故新々刀に準拠した二枚構造の刀身としたのであろうか。
満鉄が刀の製造を思い立った時、一枚構造と二枚構造の優劣を検討して二枚構造を選んだとはとても思えない。
当時の刀匠や刀剣関係者達は殆ど例外なく、新々刀の構造を古来からの日本刀の構造と信じていた。
これは栗原彦三郎の述懐からも明らかである。
満鉄の技術者達も例外ではなかったであろう事は容易に想像できる。
従って二枚構造を「選択」したのではなく、「当たり前」として二枚構造となってしまった。
一枚構造に理解を示していたのは、東京砲兵工廠の村田経芳少将、東北帝大の本田光太郎博士他極く少数の人達に過ぎなかった。
若し、満鉄の技術者達が日本刀神話に染まることなく一枚鍛えの古名刀の存在とその特徴を知っていれば、果たして新々刀の二枚構造を採用していたであろうか。これは興味を惹かれる「if」である。
新たな地鉄の開発に依り、豊かな地刃を備えた全く別の満鉄刀が誕生していた可能性も充分にあったのではなかろうか。
その思いが深い。

2013年9月29日より(旧サイトから移転)
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