軍刀抄(7) 素延べ刀 Sunobe-tō0

素 延 べ 刀 Sunobe-tō

無垢鍛え・丸鍛え刀


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 戦後、GHQ(連合軍最高司令官総司令部) に依る「刀狩り」で日本刀は根絶の危機に瀕した。
 そこで「美術刀剣」という苦肉の策の概念を創りあげてGHQを欺(あざむ)き、辛うじて日本刀は絶滅の危機を脱した。
 問題なのはその時の「古来の鍛錬法による美術性のある刀剣」という概念だった。
 日本刀存続に奔走した方々には敬意を顕すものであるが、その後、日本刀の概念は捻じ曲げられたまま、今日に至っている。
 古来の日本刀の鋼材と作刀法は多岐に亘っているにも拘わらず、いつの間にか「玉鋼・皮心鉄構造・折り返し鍛錬」という幕末の
 新々刀 (幕末の秘伝書、水心子正秀流といってもよい) の作刀法を「古来の鍛錬法」として仕舞った。
 永い日本刀の歴史の中で、たかが幕末(最大遡っても応永〜慶長以降の量産綱と作刀法=歴史区分は近世)が「古来」なのか ?
 戦前、刀剣界で著名だった広島の大村邦太郎氏は、戦後のこの風潮を懸念して「美術日本刀というまやかし(誤魔化し)が何時まで
 続くというのか」と嘆かれて警鐘を鳴らされている (「名刀とは何か」参照)
 「折り返し鍛錬」の正確な意味さえ理解できなった多くの刀剣関係者は、折返し鍛錬の必要がない刀を「素延べ刀」と蔑称し、
 何の根拠も無いまま、丸鍛え、無垢鍛えなどの一枚構造の刀を否定してきた。               ※日本刀考」の各項参照

 一口に素延べ刀といっても、機械鍛造(整形)した物から、刀匠が鍛延した物に至るまで、その範囲は広い。
 機械鍛造製刀身や手作り刀身でも、できの良い物には銘を切る事が有った。
 因みに、古名刀は複合材(硬・軟鋼の練り材)の丸(一枚)鍛えが多かった。卸鉄、焼入、焼き戻しに工夫が凝らされ、しなやかで強靱
 な刀身だった。本来、刀は刀材に工夫を凝らした丸(一枚)鍛えが基本であった。
 新刀以降の皮・心鉄構造を絶対条件と思い込み、鍛錬と言う呪文に金縛りにあった結果、全ゆる偏見が生まれた。

 ここで、極めて曖昧な「素延べ刀」(無垢鍛え・丸鍛え刀)の意味を整理し、これらの刀身の実態を考察してみる。

 The Japanese sword was on the verge of extermination by "sword picking" which depends on postwar GHQ (the Allied-
Forces General Headquarters).
 Japan completed the concept of the last resort a "fine-arts sword", and deceived GHQ, and the Japanese sword escaped
from the crisis of extinction barely. The concept of "A sword with the fine-arts value by the forging method from
ancient times" at that time became a problem. Although I express the greatest respect to people which were busy about
Japanese sword continuation, therefore, the concept of a materials of a Japanese sword from ancient times and the
method of a forging recognized various existence. In spite of it, the method of the forging of the sword of the
"Shintō" born to the Edo period "a Tamahagane, a laminate constraction, and a forging" unawares was made into "the
method of a forging from ancient times." The sword view of a Japanese sword was degenerated most at the Edo period.
 The sword of a samurai's soul was pulled down by the wealthy merchant etc. at the same level as paintings and calligraphic works and a curio. in the Edo period whose civil war was lost. In order to raise the commodity value of this time and a sword, the prominent
sword tradition was fabricated. The sword community in present Japan uses for reservation of its rights and interests
well the fabrication created at this time without verifying truth. Can it be said in the long history of a Japanese
sword that the era of mere "Keicho" is ancient? A wise Japanese sword backer must not be confused by the virtual image
of the sword community of a present age Japanese sword.
 Mr. Kunitarō Ōmura in Hiroshima which was famous for the sword community before defeat is anxious about this
postwar trend, he is sad "Till when is deception called a fine-arts Japanese sword continued ?", and is having the
alarm bell sounded.
 I have stated this thing to here and there of this homepage.
 Free and I are not yet translating into English. I am going to follow little by little and to promise.


素 延 べ 刀 と は


 「素延べ」とは、新々刀の作刀工程の中で、火造り鍛延の工程を指して使われていた。
 これが転じて、鋼の折返し鍛錬をしないで造られる刀、硬・軟鋼を合わせない一枚構造の刀を「素延べ刀」と言うようになった。
 従って、「素延べ刀」という呼称は適当ではない。
 その為、「丸鍛え」、「無垢鍛え」という呼び名が刀剣界の慣用語としてある。本来はこの呼称の方が妥当であろう。
 この二つの呼称には、同じ一枚構造でも、鋼材の扱いで微妙な内容差がある。

  無垢鍛え:入手した刀材に手を加えずに刀を造る。
       原始低温製錬で得られた塊錬鉄を簡単に精錬※1して刀にする。(古代刀の一部)
       ズクを卸した鉄鋼塊をそのまま精錬※1して刀にする。(古刀に多い、新刀の一部)          ※1 脱炭と除滓
       均質な鋼を使い、そのまま刀にする。(単純炭素鋼=粗悪刀※2)           ※2 スプリング焼入れは例外で優秀
       この範疇に入る刀: スプリング刀(兗洲刀、源良近刀)など

  丸鍛え; 無垢鍛えを包含し、更に、硬・軟鋼の「練り材」を使って刀を造る。無垢鍛えより、鋼材の巾が広い。
       意図的に造られた鋼材(練り材=大陸の灌鋼※3が典型、合金鋼)を使う点、無垢鍛えとの相違となる。   ※3 灌鋼参照
       この範疇に入る刀: 古刀の一部、小林康宏刀の一部、振武刀、群水刀、耐錆鋼刀、陸軍刀剣鋼、造兵刀の一部など
         
 素延べ刀の造り方
 普通鋼、特殊綱の機械鍛造(整形)品と、刀匠が鍛延・研磨し、油焼入れ又は水焼入れした手作り品の二種がある。
 刀匠が安来鋼青紙などを混用して、鍛延・研磨、水焼入れ(歪みを油焼入れで修正)した物等がある。
 下手な日本刀より良く切れたとの当時の関係者(関市)の証言がある。
 使用鋼、整形方法も様々で、素延べ焼入れは技術的に難しい。素延べ刀は無鍛錬・油焼入れと言う単純な図式ではない。
 数十社の製造会社があって作刀法・製造工程・品質も千差万別であった。

 炭素鋼のスプリング刀
 スプリング鋼の刀は「スプリング刀」とも呼ばれる素延べ刀である。炭素鋼と特殊綱の二種がある。
 スプリング焼入れという特殊熱処理で、鋼の性質に粘硬性を生じた。
 特殊スプリング鋼は用途に依り、シリコン、マンガン、クローム、ニッケル、パナジューム、ボロン、モリブデンを組合せる。
 昭和13年、自動車の廃材スプリングを利用して支那戦線で作られた。試刀と実戦で高性能を発揮した。
 現地でかなり造られ、評判を呼んで内地でも生産された。強力な強靱性と粘硬性を備えていた。
 その秘訣は焼入、焼き戻し、焼き鈍しの微妙なバランスにある。実戦刀としては普通鋼の下手な日本刀より遙かに優れていた※4
 一般の素延刀の秘訣も適度な焼戻しにあると云われる。
 焼入れの仕方は数種あり、その結果、刃文の有るものと無い物の二種がある。
 一般的に刃文は無いが、源良近の一枚鍛えのスプリング刀には刃文が付いている※4※4軍刀の評価」・「実戦刀譚」参照

 優秀な無垢・丸鍛え刀
 根岸流手裏剣、桑名藩伝兵法山本流居合術の武道家で、日本刀の研究者である成瀬関次氏は、昭和十三年二月に、尉官待遇の軍刀
 修理軍属として、北支、蒙疆(もうきょう=蒙古の境)の全戦場を九ヶ月間に亘って軍刀の修理を行った。
 その著書「実戦刀譚(とうたん)」で、現地で急造された車の板バネ(リーフスプリング)を使ったスプリング刀が明らかになった。
 この著述の中で
 『 昭和刀は一撃直ぐに折れるもの、という宣伝が一時相当にあった。刀剣家が一概に昭和刀とけなしている物の中に、相当研究し
 たらしい刀のある事を第一線の陣中で知った。
 現代の剣聖中山博道先生の試し銘の入った、源良近という刀を戦線で見た。将士はいずれも切れ味がよく強靱だと云っていた。
 この刀は無垢鍛(むくぎたえ)、即ち一枚鍛が多くて、昭和刀と同列に論じられているらしいが、自分たちは相当慎重に之を研究した。
 陣中では数振りに接したが、切っ先も元も折れたものはなく、刃こぼれしたものはあったが、それはとても小さかった。どうした
 造り方か、地鉄が非常にねちっこい(粘硬) 』と、その刀身性能の優秀さに驚いている。
 成瀬氏は、日本刀の実戦使用の状況と軍刀修理の実体験に基づき、本当に戦える刀とは硬い刀身を意味しない。粘っこい(粘硬な)
 刀身であって、軟らかく切れる刀である。即ち“切れ且つ粘る刀が、即、戦へる刀”であると結論づけている。



源良近刀  刃長: 67.2cm、反り: 1.7cm




 銘: 源良近 (源良近の銘は「源良近」と「良近」の二種がある)
 裏銘: 昭和九年二月日 範士中山搏道先生試切刀

 注) 成瀬関次氏は、源良近刀は無垢鍛えが多いと証言している。但し、本刀の造り込みと使用鋼材
   は不明である。日本刀の究極の目的は実戦性能の実現にある。
   研ぎ直しが必須の実戦刀に不向きな皮・心鉄構造以外なら、硬・軟鋼の合わせであれ無垢
   であれ、目的を達成する為の手段はいずれであっても構わない。
   本刀の作刀年代を勘案すれば、洋鋼を使った可能性が高い。何故なら、大正末にたたら製鉄
   の火が消え、「靖国たたら」が復活したのは昭和8年である。ここでの玉鋼は日本刀鍛錬会
   で先ず使われて「九段刀」が打たれた。それ以外に玉鋼が供給されたのはそれから暫く後の
   ことになる。
(刀身提供元:刀剣しのぎ桶川店・新藤智之 店長様)



Sunobe-tō

 Sunobe-tō is the blade built without turning up and one-piece forging which depends on common steel or spring steel.
 The blade of one-piece forging  is machine plastic surgery or handmade plastic surgery of a swordsmith.
 Then, a blade mixes oil hardening or water hardening, and is built. A swordsmith mixes the Aogami of the Yasuki
steel etc. and there hammers out. and polish, a thing that carried out water hardening (distortion is corrected with
oil hardening).
 The sword of these one-piece forging  has persons-concerned testimony of those days that it went out better than a
poor traditional sword. The manufacture method of Sunobe-tō is not so simple as non-forge and oil hardening.
 How to build a sword by many companies which build a Sunube-tō existing, a manufacturing process, and quality were
also of infinite variety. The method of hardening has two sorts of those with several sorts consequently a thing with
Hamon, and the thing that is not. Although a sword of spring steel use is also called a "spring sword", it is a
Sunobe-tō at a wide sense.
 The spring sword was manufactured in the China battle line in 1938 using the scrap wood spring of a car.
 The performance was highly estimated by trial opening and the battle, and was considerably built with them there,
and since a spring sword had a high reputation, also inland, it was produced. It is said that the secret of Sunobe-tō
"which does not break, but does not bend but goes out well" is in moderate annealing. It is said that spring steel
materials had stickiness and high hardness, and the spring sword was superior to the poor Japanese sword as a battle
sword. As for the sword of one-piece forging of Minamoto Yoshichika, Hamon is attached although a spring sword
generally does not have Hamon.
 Please refer to the clause of "evaluation of a Guntō  and Jissentotan" about this spring sword. The product made
from a machine and the blade of Sunobe with a sufficient result cut the Mei to the Tang. The Sunobe-tō of the ranges, such as a product made from a machine or handmade, is very large.
 It is said that an old famous sword incidentally has much one-piece forging. As for the sword, a Oroshigane of steel materials was elaborated.

一 枚 鍛 え 刀 の 種 別


 「素延べ刀」という語感は、安直な刀、粗悪刀と同義の言葉として捉えられている。
 これは、刀剣界の新々刀に準拠した「和鋼、折返し鍛錬、心鉄構造」と云う偏見に満ちた妄想三点セットに総て起因する。
 この妄想の根深さは、世間の隅々に骨の髄まで浸透していた。

 素述べ刀には鋼質が異なる三つの種別があり、各々に性能が違う。従って「一枚鍛えの日本刀」と呼称すべきではないだろうか。
 特別の理由がない限り、本サイトは「丸鍛え」、「無垢鍛え」、それらを総合して「一枚鍛え」の呼称を使う。

 そこで、含有元素に依る鋼の性質と、世界の代表鋼四種の成分を比較し、その上で三種の鍛えの得失を明らかにしておきたい。
 尚、詳しくは「異説・たたら製鉄と日本刀」の項に譲る。              ※ 折返し鍛錬と強度日本刀の常識を問う参照


鋼 と 元 素 に 就 い て


 鋼には成分を基にした分類として、普通鋼と特殊綱の二種類がある。この他、鋼の性質や用途に依って様々な呼称がある。
 普通鋼: 別名炭素鋼。鉄(Fe)を主体とする炭素(C)との二元合金だが、製練〜精練時に生成されるマンガン(Mn)、珪素(Si)、燐(P)、硫黄(S)の残留元素を含む。意図的に添加したものではなく、原料と燃料に含有された結果に依る。

元 素 の 働 き

元  素 働                き
炭素 (C) 鋼にとって最も重要な元素。焼入、焼き戻しに依って鋼の粘硬性を変化させる
マンガン (M) 焼入を良くし、粘硬性を増す。1.2〜1.5%含有すると高張力鋼になる
珪素 (Si) 耐熱性、硬さ、靱性を増す。含有1%に付き、引っ張り強度が約 98Mpa 増す
燐 (P) 有害元素。冷間脆性で鋼を脆くする。少ない程良い
硫黄 (S) 有害元素。熱間脆性で鋼を脆くする。少ない程良い

 元素の含有量は、製錬法(原始直接法、近代間接法)、原料(砂鉄、鉄鉱石)、燃料(薪、木炭、石炭、コークス)などの要素に依って
大きな差異がある。
 薪、木炭を燃料とした原始製錬は、低温還元の為、一般的に有害元素( 燐・硫黄、以下同様) の固溶が少ない。
 石炭、コークスを燃料とする高温溶融製錬では、有害元素が固溶する。但し、有害元素は精錬で除去された。
 稚拙低温製錬のたたら製鉄の鋼は、有害元素の固溶が極めて少ない。これを清純(清浄)な鋼と刀剣界は喧伝(けんでん)してきた。
 ところが、刀剣材料として有用なマンガンやケイ素などの有用元素をほとんど含まない。
 炭素以外を殆ど含まない炭素と鉄の二元合金を清純と定義するなら、確かに砂鉄系和鋼は清純である。
 和鋼に限らず、古代の低温直接製錬の鋼は、洋の東西を問わず、同じように清浄だった。
 高温製錬の大陸の炒鋼(含銅磁鉄鉱)も有害元素は大変少ない。炒鋼はマンガンと耐蝕性の銅を含有する。 銅は錆の進行を抑える

 和鋼製錬の原料には、マンガンを含有する鉄鉱石も使われた。ところが、砂鉄系和鋼には、粘硬性を増すマンガンが無い。
 砂鉄が、刀剣鋼材の原料として最良とは言えないことが、この表からも簡単に分かる。

刀 剣 鋼 材 の 比 較


鋼 材 又 は 刀 身 の 成 分 (%)

鋼 の 種 類 炭素
(C)
マンガン
(Mn)
珪素
(Si)

(P)
硫黄
(S)
そ の 他 備  考
炒鋼 (長野・古代直刀55號)  ※1 0.62 0.15 0 0.014 0 銅(Cu) 0.018 俵国一
和鋼 (砂鉄系) 分析・俵国一 ※2 1.33 tr 0.04 0.014 0.006      - 「鉄と鋼」第67號
洋鋼 (水素還元鉄・純鉄)  ※3 0.006 0.01 0.008 0.01 0.007 銅(Cu) 0.02 小倉陸軍造兵廠
スウェーデン鋼 (炭素鋼)  ※4 1.20 0.30 0.20 <0.02 <0.017 クローム(Cr)0.17 安来白紙1號相当

※1 俵国一博士は「日本刀の科学的研究」の中で、銅を含む刀材の原料と産地に苦慮され、国産の鋼であれば砂鉄以外の原料を用い
  たと述べている。当時、中国の炒鋼(含銅磁鉄鉱)の情報はなかった。
  戦後、新日鐵第一研究所が最新の分析装置で解析して「炒鋼」と判断された。
  炒鋼は有害元素が極めて少ない清浄な鋼だった                       ※ 異説・たたら製鉄と日本刀参照
※2 谷村熈九州帝大教授の論稿より
※3 洋鋼を電気炉で水素還元した純鉄。刀剣界はMn、Si も不純物とし、洋鋼は不純物を含む粗悪鋼と言い続けた。
  果たして Mn、Si が不純物なのか ? Mn は鋼の強靱性を増し、焼入を良くする有用元素である。
  精練された洋鋼は、有害元素も和鋼とほぼ同等だった。和鋼だけが、燐・硫黄が少ないとは言えない(上表)。
※4 普通鋼。刃物・刀剣鋼など多岐の種類がある。スウェーデン鋼は有害元素が少なく、昔から良鋼の代表だった。
  成分は、企業秘密の為に昔から公表されていない。

 日本刀の三大要素の二つが「折れ易からず、曲がり易からず」である。この要素は相互に矛盾する。
 低炭素鋼は軟らかく、展延性があるが直ぐに曲がる。高炭素鋼は硬くて脆く、錆易い。
 この二つの矛盾を解決するのに、古代は物理的に硬・軟鋼を合わせ(練り合わせと張り合わせを総称。以下同じ)て、更に、焼入・
焼き戻しで粘硬性、強靱性を確保しょうとした。科学技術が無い時代、唯一最良の手法だった。
 近代、科学技術の進歩により、普通鋼に特定の元素を添加すると、鋼の性質が根本的に変わることが解明された。


特 殊 綱 の 特 徴


 別名は合金鋼。普通鋼に、適宜な元素を化学的に調合添加すると、普通鋼で不可能だった様々な機能・性能の鋼が実現する。
 これが合金鋼と呼ばれる特殊綱である。
 刀剣に求められる機能は粘硬性、強靱性だけではない。この機能にしても、古来の普通鋼による硬・軟鋼の合わせでは、刀匠の力
量に依って性能に大きなバラツキを生じて信頼性に乏しかった。
 明治以降の実戦経験から、耐錆、耐寒性能、より強力で安定した粘硬性、強靱性の実現が求められた。普通鋼では解決できない。
 刀身鋼材の抜本的な見直しが必要となった。こうして誕生したのが軍用刀剣に使われた各種の特殊鋼である。


元 素 の 働 き

元   素 働                 き
 クロム(Cr)  耐摩耗性、耐蝕性(耐錆)向上。浸炭を促進し、焼入れし易くする。ステンレス鋼には13%以上含有
 ニッケル(Ni)  耐蝕性(耐錆)、強靭性与え、粘りによる低温時の耐衝撃性を向上。熱処理を容易にする
 銅(Cu)  耐蝕性(耐錆)向上。錆の進行を抑える。但し、量が多いと割れ易くなる
 モリブデン(Mo)  焼入に最も優れた元素。結晶粒の粗大化を防ぎ、引張り強度(靱性)を増大さす。耐蝕性に優れる
 バナジウム(V)  硬度・強度を増大さす。結晶粒を細かくし強靱性を付与。耐摩耗性に優れる
 タングステン(W)  硬い炭化物を形成、硬度と鋭い切れ味をもたらす
 ホウ素(B)  0.003%以下の添加で焼きを良好に入れる
 チタン(Ti)  焼き入れを阻害する元素。但し、鋼に添加されると耐蝕性、強靱性を増す
 コバルト(Co)  耐熱性を増大させる
 鉛(Pb)  被削性を向上

 以上、鋼材の元素の働きを総合し、普通鋼の二枚以上の「貼り合わせ」を比較基準として、一枚鍛えの「練り合わせ」、「合金鋼」の三種の刀材の特質を以下にまとめた。下記右図の「普通鋼・無垢材」の一枚鍛えは、刀材として論外なので割愛した。

刀 剣 鋼 材 と 造 り 込 み の 優 劣





@ 性能目的毎、普通鋼に各種金属元素を調合添加した特殊綱。最も基本的な刀材の要件は粘硬性、強靱性である。
  Mn(マンガン)、Ni(ニッケル)、Cr(クローム)、Si(シリコン)などの元素がこれを実現する。
  岩鉄系和鋼は別として、砂鉄系和鋼には Mn すら含有されていない。
  錆難さには Cr と Ni が必須である。Cu(銅) も錆の進行を止める働きがある。何れも砂鉄系和鋼には欠落した元素類である。
  満鉄刀、群水刀などは Mn と Si を含有した。錆や低温脆性※1に至っては、和鋼は致命的な欠陥を露呈した。
  均質な合金綱は、普通鋼の均質とは違う。Aと対比して、各種元素を究極まで練り合わせた一種の複合組成と言えば理解し易い
  だろうか。鋼自体が既に所期性能を備えているので、和鋼のように鍛錬や鋼を合わせる必要は全くない。
  陸軍刀剣鋼などもこの一種である。                             ※1 将校用軍刀の研究日本刀の欠点参照
                                         
A 製錬〜精錬技術が未熟な結果、偶然にも異なる炭素量の鋼が不均質に混在する「練り材」が得られた。
  これが、普通鋼の粘りと硬さの矛盾する要素を調和させた。
  製鋼技術が進んでいた大陸や朝鮮半島では、早くから意図的な硬・軟の炒鋼の練り材を使っていた。
  刃物・刀剣に特化した練り材の「灌鋼」も造られた。                 たたら製鉄と日本刀」の灌鋼参照
  灌鋼は明代(日本の室町時代)にも改良され、長期に亘って刀剣鋼材として使われた。
  古代では、「硬・軟鋼の練り=混合※2」が、刀剣の粘硬性、強靱性を確保する有力な手法であった。
  こうした意図的な練りの鍛冶技術は、我が国古刀地鉄にも影響を及ぼしたと思われる※3
  千種、出羽鋼が一般化していた新刀期の著名刀匠達も、製鉄業者に特別な鋼を依頼して、素延べ刀を造っていた。
  彼等は、古刀の再現を目指していた。この鋼は練り材以外は考えられない。硬く均質になった量産鋼への失望から、古刀鋼材へ
  の回帰を望んだものと推測される。彼ら名匠達の着想は流石(さすが)だと云わざるを得ない※4
               ※2 異説たたら製鉄と日本刀の鉄斧・鉄戈の構造参照 ※3 斬鉄剣・小林刀匠 日本刀の地鉄の工藤博士の見解参照
               ※4 振武刀新刀著名刀匠達の逸話参照

B 天文の頃、製鋼技術の転換で高炭素の量産鋼が出現した。一枚鍛えでは刀身折損の虞(おそれ)があり、硬・軟鋼の「張り合わせ」
  の工夫を余儀なくされた(大陸と半島は「練り材」の道を選んだ)。上図の皮・心鉄構造以外に、実用に適した合わせが数種あ
  る。
  張り合わせの中では、この皮・心鉄構造が最も実用に適さない。
  刀を研ぎ直す度に皮鉄が減り、硬・軟鋼の配分が崩れるからである。
  更に、実際の作刀では、理想通りの皮・心鉄の配分が困難であるという欠陥を孕(はら)んでいた※5
  永い徳川泰平の世で、装飾刀と化した刀は武器の本質を忘れ去り、実戦が無かった為に鋼材と構造の欠陥を露呈せず、実用刀と
  して最も不適な構造を、理想的構造と錯覚して伝承してしまった。
  その為、根拠も無いまま、優れた一枚鍛えの刀を観念的に蔑視して来た。
  やがて、この虚構が、支那戦線での実戦検証で明らかになった。
  これらの刀は、合金鋼や、練り材の一枚鍛えに劣る事が実証された※6

  又、刀剣界は、清純な玉鋼を使うから最高の日本刀ができたと主張する。
  これに関しては、11世紀の宋代の官僚・沈括と、16世紀の明代の学者である宋應星が、「夢渓筆談」と「天工開物」で実に面白
  いことを述べている。
  二人は500年を隔てて、均質な鋼が「真の鋼」で、灌鋼のような混ぜ物(即ち、上図A)は「偽鋼」だという。
  然し、刀剣などの刃物には、灌鋼が何故か広く使われていることを認めている。
  鋼単体の評価と、刀の鋼材としての適否が別であることに気づかない、刀剣に素人の見解だった。
  玉鋼が最高と言っている某国と同じだが、その二人は、刀剣には混ぜ物=練り材の「偽鋼」が広く使われている※7ことを素直に
  認めている点で、どこかの国とは決定的に違う。
                                       ※5 日本刀の常識を問う参照  ※6軍刀評価実戦刀譚参照
                                       ※7
たたら製鉄と日本刀」の灌鋼参照

C 普通鋼均質組成の丸鍛え。刀の地金としては最も劣り、粗悪刀と呼ばれるものがこれである。




 以上で、丸鍛えと、合わせ鍛えの四種を比較した。
 「練り」と「張り合わせ」の炭素鋼は、焼入・焼き戻しで粘硬性、強靱性を調整出来る。
 然し、鋼自体にその性質が備わっている合金鋼は、最初から普通鋼と大きな性能差があり、普通鋼では不可能な性能も備えていた。

 品質では、刀匠が鍛錬する刀材(炭素鋼)の性能は大きなバラツキが避けられない。
 工業生産の合金鋼は、品質の均一性が高度に確保できた。但し、合金鋼も人力造刀では刀匠の力量に左右され、鍛延と焼入で性能
差を生じた。(小倉陸軍造兵廠の陸軍刀剣鋼の実験参照)
 生産性では、合金鋼は折返し鍛錬の必要が無い。機械化造刀に馴染み易い。造刀の労力とコストの差は歴然としていた。

 上図で解るように、@とAは、「丸鍛え」の語感に馴染まない。「一枚鍛え」と呼ぶべきであろう。
 又、刀剣書での「丸鍛えの図」は、断面外形線でしか描かれない。これが丸鍛えの悪いイメージを助長した。
 せめてAのような組成表示の工夫が必要である。

古 刀 切 味 の 秘 密



 硬・軟鋼の練り材は、刀身全体が不均質となる。
 これを研ぎ出すと、軟鋼部が凹み、刀身表面に凹凸を生じる。
 古刀地鉄を粗く感じるのはこの為である。
 刃先は鋸(のこぎり)状となり、これが鋭い切味を生む。
 刀身の美もこの不均質から生まれた。
 新刀以降の均質化した和鋼では、これらの特性が失われた。

 鋼単体として進化(均質化)した普通鋼が、刀材として決して優れている訳ではないことが、この模式図からもよく理解できるであ
ろう。武器性能の面では総合的に合金鋼が優れるが、切味や刀身の地刃の美も求めるとなると、普通鋼の「練り材」が唯一の選択肢
となる筈である。
「鉄と人は時代が下がる程悪くなる」とは刀にとっての名言と言えよう。


本項の内容に密接する 斬鉄剣・小林康宏刀匠 の項を併せてお読み下さい



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