将校用軍刀の研究(5) 第四報0

将 校 用 軍 刀 の 研 究 (5)

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附: 鋼の組織

將校准士官軍装用軍刀の製作に關する研究・第四報

(昭和16年5月 日本刀折損及湾曲の原因)

  小倉陸軍造兵廠第一製造所
 陸軍少佐・早川良三、技師・太田宰治、嘱託・谷村熈、兵技准尉・金山光郎、技手・久保田重穂

1.目  的

 優良にして真に信頼し得る軍刀を廉価且つ迅速多量に製造し得る方法に就き研究せんとす。

2.判  決

1.各地刀匠に試製せしめたる日本刀32振墜撃試験に於て折損し易きか、又は湾曲し易くて到底実用に耐へずと認められるもの12振
  りありて、その割合は37.5% となり、鍛錬刀と雖(いえど)も実用上不適当なるもの相当数ありて刀匠の選定に当りては深甚なる注
  意を要することを知れり。
2.それが原因を研究するに次ぎの如し。
  折損の原因
   A. 焼刃及皮鋼にセメンタイトの析出を認め得るもの
   B. 皮鋼及心鉄にマルテンサイトの析出を認め得るもの
  湾曲の原因
   A. 皮鋼及心鉄の炭素量過小なるもの
   B. 皮鋼に比し心鉄の割合過大に過ぐるもの  
3.折損し易き刀を外観的に考察するに、上研ぎを施しあるに拘(かかわ)らず地肌明瞭に現れず、地鉄の冴えを認めること能わず、
  観る人をして地鉄に堅き感を懐(いだ)かしむるもの多し。

3.將 來 に 対 す る 意 見

 日本刀の刃鋼及皮鋼に過共折セメンタイトを析出せるもの及皮鋼中にマルテンサイトを有するものが折損の原因なることを知り
 得たり。
 
これ即ち、折返し鍛錬度不十分にして未だ適度なる炭素量の範囲に到達せざりしことを示す。斯様なる刀匠に対しては鍛錬回数
 若干を増加せしむる如く指導すること肝要なり。
 又、玉鋼の加熱方法適正ならざるか、或は鍛錬回数が必要以上に大なるときは、炭素量低きに過ぎ焼入作業困難となり、且つ、湾
 曲し易くなる。斯様なる刀匠に対しては回数を改める如く指導すること肝要なり。
 心鉄はマルテンサイトの現れしものは上述の如く局部的に炭素量高きが故なり。斯様な刀匠に対しては心鉄にも十分に鍛錬を施し
 て炭素量を平均ならしめ、且つ、焼入試験を施して鎚(つち)にて叩き、折損するか否かを確かむるやう指導すること肝要なり。
 炭素量適正ならば、焼入効果少く、鎚撃にて破損せざる筈なり。

4.実 施 要 領

 本研究試験竝に13丁3,056将校用軍刀刀身5,000振にて刀匠に試製せしめ、切味試験及墜撃試験を実施し、その試験によりて発注
 すべき刀匠を決定せる際、折損し易きか又は湾曲し易くて到底実用に耐へずと認められたるものありたるを以て、これが原因を冶
 金学的に調査し対策を考究せり。

  筆者注:「13丁3,056将校用軍刀刀身5,000振にて刀匠に試製せしめ」とは難解な表現である。前号までの研究試験の対象は刀匠10名、試製刀35本
      前後である。その間、購買仕様書が策定された。
      「13丁3,056」とは造兵廠の規定刀身の資料番号を指し、「5,000振にて」の言い廻しから「5,000振の購買仕様書にて」と解釈すべきであ
      ろう。試製軍刀を5,000振り造ったという意味ではない点に注意

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5.経 過 竝 に 成 績

1.玉鋼折返し鍛錬の冶金学的考察

  玉鋼の炭素量は1.2%〜1.4%の範囲にあるを以て過共折鋼なり。従って、標準組織はパーライトと過共折セメンタイトよりなる。
  このセメンタイトは堅硬なれども脆弱なるを以て日本刀の如く、激しき衝撃荷重を受くるものの組織内に析出しある場合には折
  損の原因となる。
  玉鋼を加熱すれば表面は若干脱炭し、折返し鍛錬を行へば、玉鋼の内部に脱炭せる表面を折り込み数回鍛錬する中に、玉鋼の炭
  素量は次第に低下し来たり、セメンタイトも減少する (第1図参照) 。


 斯くて炭素量0.87%に達し、共折鋼となればセメンタイトは消失しパーライトのみとなる。
 更に折返し鍛錬を継続すればフェライト析出し来り亜共折鋼となる。
 フェライトは柔軟にして靱性を賦与す。
 然るに、玉鋼は局部的に炭素量不同あるを以て一部は亜共折鋼となるも、他の部に共折鋼又
 は過共折鋼を混ずることあり。
 故に、日本刀の皮鋼又は刃鋼として最適度なる平均炭素量は、共折鋼より若干炭素量の低下
 せるものたらざるべからず。
 然るに余りに多くのフェライト析出するときは靱性あれども湾曲し易く、実用上不適当な
 り。
 又、組織中に局部的に最も炭素量高き処も絶対に共折鋼を超過せざることを必要条件とす。
 斯様な見地より、平均炭素量は、0.5〜0.7%の範囲にあるを適度なりと思考す。
 故に、鍛錬の冶金学的意義は、折返しによりて玉鋼に複雑なる組織を与へつつその炭素量を概(おおむ)ね1/2に低減せしむことなり。

 注: 固溶体:2つの元素成分が分離することなく凝固した状態。普通鋼は炭素含有量と熱処理の二つの要素で鋼の性質が変わる。
     鋼の硬〜軟の状態は次の通り
     ● 硬=セメンタイト→マルテンサイト→トゥルースタイト→ソルバイト→パーライト→フェライト(地鉄)=軟熱処理と
       は、加熱冷却の次の操作をすること。
     ● 焼ならし  焼鈍(なま)し  焼入れ  焼き戻し (解説は最下段参照)
  
    共折変態(パーライト変態): 炭素含有量が0.77%、熱温度727℃(A1線)を境に鋼の性質が変わることを言う。
    過共折鋼: 炭素含有量が0.77%より多い場合は熱処理でセメンタイトが析出して、堅くて脆い鋼となる。
    亜共折鋼: 炭素含有量が0.77%より低い場合はフェライトが析出して、展性に富むが曲がり易くなる。
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2.折損せる日本刀の組織

 A. 焼刃及皮鋼にセメンタイトの析出を認め得るもの (試料甲と称す) 第2図は、焼刃及皮鋼にセメンタイトの析出ありて折損し
   たる刀の横断面のマクロ組織なり。第3図は、その焼刃の組織にしてマルテンサイト中に球状セメンタイトを析出す。
   第4図は、皮鋼の組織にして網状のセメンタイト及球状セメンタイトの析出を認むることを得。
   第5図は、焼刃焼鈍しの組織にして、セメンタイト、フェライト及パーライトより成り、正常組織ならざるも、過共折鋼なる
   を認む。
   墜撃試験成績は第6図甲に示す如く頗(すこぶ)る不良なり。
   心鉄の鍛錬及炭素量は概ね良好にして皮鉄及心鉄の鍛着若干稚拙なるも、折損の原因と考へ得ず、折損の原因はセメンタイト
   の析出によるものと認む。
   皮鋼が斯様な組織を有するものは心鉄の良好なるにも拘わらず、頗る脆弱にして到底実用に耐えざるものなり。


 第2図 試料甲の横断面のマクロ組織 X300 腐食液:硝酸1%アルコール溶液
     (以下同じ)
 第3図 マルテンサイト中に析出したる球状セメンタイト、地はマルテンサイ
     ト、白きはセメンタイト
 第4図 皮鋼中に析出したる網状及球状セメンタイト、地はパーライト、白き線
     は網状セメンタイト、白きは球状セメンタイト
 第5図 焼刃の焼鈍組織、異状組織を呈すれども過共折鋼、焼鈍温度は860℃
     炉中放冷





         

 注:試料乙は小山信光の電解鉄・人力鍛錬刀。墜撃高15pで破損
 している為にグラフに現れない
 試料甲、丙、丁の刀は前ページ第3報第36図に現れない新たな試験
 刀成績曲線の見方説明は前ページ参照



 B. 皮鋼にマルテンサイトの析出を認め得るもの(試料乙と称す) 第7図の横断面には焼刃と心鉄の間にマルテンサイトの析出を認
   めたるものを示す。写真は不鮮明なるを以てインキにてその状況を捕捉せり。
   第8図は皮鋼に析出し点在せるマルテンサイトを示す。
   第9図は、第8図附近の焼鈍(やきなまし)組織にして、網状のセメンタイト及パーライトより成り、過共折鋼の組織なり。
   墜撃高試験成績は、平打墜撃高15pにて折損せり。心鉄は殆ど鍛錬を受けざる純鉄の組織を有せり。
   又、皮鋼及心鉄の鍛着概ね良好にして、折損の原因はマルテンサイトの析出によるものと認めざるを得ず。

                    

   注: 白い部分はマルテンサイト、
   黒い部分はパーライト

 

 ※
皮鋼全体にマルテンサイトが析出
   して平打試験で墜撃高僅か15pで
   刀身は破損した


 注: 焼鈍温度1,050℃ 炉中放冷



 C. 心鉄にマルテンサイトの析出を認め得るもの(試料丙と称す) 第10図の横断面の心鉄に白色と黒色の模様を認めることを得。
   第11図はこの部分を拡大せるものにして、両側は鍛錬良好にして心鉄として適度なれども、中央は炭素量炭素量過多にして、
   各所にマルテンサイトの析出を認めたり。
   鉄に墜撃試験成績は第6図に示す如く不良なり。皮鋼と心鉄の鍛着状況は良好にして、皮鋼に若干の熱影響あることを認め得
   るも、折損の原因は心鉄中のセメンタイトの析出によるものと認む。


 注: 心鉄中の黒部分は高炭素
   のマルテンサイトが析出、
   白い部分は低炭素の鍛錬
   度を示す

  平打試験で墜撃高25pで
   刀身は破損した。
 注: 黒部分は炭素量過多の
   マルテンサイトが析出、
  白い部分は炭素量適度を示す

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3.湾曲せる日本刀の組織

  第12図 (試料丁と称す) は、皮鋼及心鉄ともに炭素量低く折損せざるも、容易に湾曲せるものなり。
  第13図は第12図の皮鋼と心鉄の鍛接面にして大なる介在物ありて炭素の拡散なく明瞭に両者を区分することを得。
  鍛着状況頗る稚拙なり。
  第14図は心鉄なり。炭素を若干吸収せしめ鍛錬しあれども鍛錬効果不十分にして介在物多く、殆ど純鉄の組織を呈す。
  第15図は焼刃の焼鈍組織にして推定炭素量0.3〜0.35%なり。墜撃試験成績は第6図に示す如く、折損せざるも著しく湾曲せり。


 注: 皮鋼と心鉄の鍛着面に
   大きな非鉄金属介在物


 注: 黒焼刃の焼鈍し組織
   焼鈍し温度 860℃

   炉中放冷


筆者注: 上記「1.玉鋼折返し鍛錬の冶金学的考察」で、折り返し鍛錬の成果を「折返しによりて玉鋼に複雑なる組織を与へ」とあ
 る。これは脱炭された表面を中に折り込むことで硬・軟の組織になるという趣旨を述べている。鋭い考察だが空論である。
 佐藤富太郎の検証でも明らかなように、重ね3分の刀身は7〜8回折返すと鍛接線で充満され、基の炭素量の層が無くなるという。
 又、これだけ薄い層になると炭素の交換が行われて顕著な硬・軟組成とはならない。

 折り返し鍛錬の目的は、非鉄金属介在物(鉄滓等)の除去と炭素量の調整の二つである。
 鋼質の精密・均質化も目的かのように言われるが、海綿鉄や空隙のある鋼材は別として、金属結晶粒の細密化と均質化は基本的に
 熱処理で実現されるもので、折り返し鍛錬の効果ではない (折返しの鍛接面の空隙を埋めるという効果はあるが)。
 鉄滓の除去と炭素量の調整という精錬だけでも、刀匠に依ってこれだけのバラツキを生じている。
 作刀された37.5%もの刀が実用に耐えられなかった
 経験と勘に頼る和鋼の鍛錬と造刀が如何に難しく、且つ非効率であるかが解る。

 第3報の墜撃試験で、水素還元鉄刀が平打、刃打、棟打ち総てで最優秀だった。然も、刀匠達はこの鋼材を初めて使った。
 洋鋼の水素還元鉄には少なくとも鉄滓等の介在物は最初から無かった。精錬(鍛錬)で残るのは炭素量の調整だけである。
 初めて経験する鋼材でこれだけの性能を出し得たということは、刀材として扱い易かったことの証明である。
 小倉造兵廠が、軍中央からの玉鋼指定に拘っていなければ、水素還元鉄などの新鋼材を使ったより廉価で、量産性に優れ、品質に
バラツキの少ない将校用刀身が誕生していた筈である。

 刀剣界から選んだ軍嘱託による偏った「玉鋼」至上主義が、軍刀行政を完全に誤らせてしまった

  

(第四報完)

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参 考 資 料

                  加熱及び冷却の程度に関係する鋼の組織状態



 鋼は、炭素含有量と熱処理の仕方に依って上記のように組織が変態し、鋼の性質が変わる。上図:俵國一著「日本刀の科学的研究」より
 日本刀地鉄は、常温にてパーライト又はソルバイト及びフェライトより成立している。
 これを加熱すると、マルテンサイトに進み、やがてオーステナイトに変態する。加熱温度が高い程、粒子は肥大化して粗くなる。
 何度まで加熱し、冷却をどのようにするかに依って鋼の組織(即ち粘硬性、強靱性)が決まる。勿論、炭素含有量が密接する。

 鋼の組織

 フェライト: 常温での鉄(鋼)組織(α鉄)。0.02%以下の炭素が溶け込んだ固溶体。911℃以上でオーステナイトに変態する。
 オーステナイト:911℃〜1392℃の温度領域にある鉄の組織(γ鉄)。2.14%以下の炭素が溶け込んだ固溶体。
 マルテンサイト: 高温のオーステナイトを急冷するとこの硬い組成になる。刀の刃の焼入はこの硬い組成を得ること。
          α鋼とも言う。 
 セメンタイト: 炭化鉄,炭素含有量が6.67%、最も硬くて脆い。
 トゥルースタイト:マルテンサイトを約400℃で焼き戻して得られる微細な組織。マルテンサイトより稍々軟らかく靱性が出る。
 ソルバイト: マルテンサイトを約600℃で焼き戻して得られる微細な組織。セメンタイト組織の粒状化が進み、靱性に富む。
 パーライト(共析鋼):0.77Cの鋼をオーステナイト領域から温度727℃(A1線)以下へと徐冷した時に共析反応で生ずる共析組織。
          組織全てがパーライト※のみの場合は共折鋼と言い、フェライトとセメンタイトとの共結晶である。
          初析フェライトとパーライトが混じった組織を亜共折鋼。
          初析セメンタイトとパーライトが混じった組織を過共折鋼と言う。
                                      金属光沢が真珠に似ている為、パーライトと称される
 温 度

   A1 727℃ 共析変態,パーライト変態 オーステナイト→フェライト+セメンタイト
   A3 911℃ α鉄(体心立方)→γ鉄(面心立方)
   Acm 炭素含有量により温度が異なる γ固溶からセメンタイトが析出する温度         A0、A2、A4線は刀に無縁なので省略

 熱処理の内容

 焼ならし: 鋼の結晶粒の微細化と組織を均一化する。A3線またはAcm線より30〜50゚C高い温度に加熱して大気中に放冷する操
       作。この処理を鋼の正常化ともいい、その組織を標準組織ともいっている。

 焼鈍(なま)し:通常は完全焼なましをいい、A3−1線またはAcm線変態点以上30〜50゚C高い温度に加熱して、適当な方法で除冷す
       る。その結果、鋼は軟化し、内部応力の全部または一部が除去される。

 焼入れ: 鋼をA3−1線変態点以上の適当な温度に加熱した後、適当な媒剤中で急冷する操作をいう。
       高温加熱すると、亜共折鋼では均一なオーステナイトになり、過共折鋼はオーステナイトとセメンタイト組織にな
       る。これを水または油で急冷するとマルテンサイト組織になる。マルテンサイトは極めて硬く、脆い。
       冷却材には水、油、塩浴、金属浴などが用いられる。
       水は最も手軽で安価な焼入れであるが、焼割れ、焼曲り、焼ムラなどが生じ易い。油焼入はその危険が防げる。
       塩浴(耐寒刀に用いられた)および金属浴は特殊な焼入れに用いる。

 焼戻し:  焼入れした鋼は非常に硬く脆いので、鋼を軟化させ靱性を持たせる為に、変態点以下の適温に加熱した後で冷却する
       操作。500〜600゚Cの高温焼戻しは強靱性を賦与し、150〜200゚Cの低温焼戻しは耐磨耗性をもたらす。




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