軍刀制定勅令(3) 陸軍将校用新軍刀制定0

陸 軍 将 校 用 新 軍 刀 制 定

New Guntō establishment for army officers 1934 Type 94

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勅 令 第 二 十 六 號



 勅令
 朕陸軍服制中改正ノ件ヲ裁可シ茲に之を公布セシム
  御名御璽
  昭和九年二月十四日  内閣總理大臣 子爵 齊藤 實
             陸 軍 大 臣  林 銑十郎  



        勅令第二十六號

  陸軍服制中左ノ通改正ス
  別表陸軍服制表将校同相當官准士官服制中刀ノ部ヲ左ノ如ク
  改ム



    

      


名稱 将 校 同 相 當 官 准 士 官






刀身  品質 鋼
 品質 朴材白鮫皮着
 柄頭  黄銅、銅鍍金櫻葉及櫻花ヲ浮彫刻シ金色小縁トス
 鳩目 二重裏菊座附金色金属
 目貫 三雙櫻花金色金属
 縁金 黄銅、銅鍍金櫻葉及櫻花ヲ浮彫刻シ金色小縁トス
 柄巻 茶褐色ノ革又ハ絹絲若ハ綿絲製平打紐ヲ巻ク
 猿手 茶褐色ノ革又ハ絹絲若ハ綿絲製丸打紐
 品質 黄銅、金鍍金表裏共四隅ニ櫻花各四箇を浮彫刻ス
 品質 鋼(下鞘朴材)燐酸塩被膜法錆止ヲ施シ帶青茶褐色
 鯉口 黄銅、銅鍍金櫻葉及櫻花ヲ浮彫刻シ金色小縁トス
 佩鐶 櫓金及鐶 鋼、銅鍍金
 座金 黄銅、銅鍍金櫻花ヲ浮彫刻シ金腰ヲ施ス
 帶金 黄銅、銅鍍金、金色小縁トシ上部ニ櫻葉及櫻蕾ヲ
     浮彫刻シ金腰ヲ施ス
 責金 黄銅、銅鍍金、金色小縁トシ柏葉金色金属
 鐺  黄銅、銅鍍金櫻葉及櫻花ヲ浮彫刻シ金色小縁トス
 黄銅、銅鍍金櫻葉及櫻花ヲ浮彫刻シ金色小縁トス
製式  第一佩鐶ハ鯉口ヨリ約六十粍、第二佩鐶ハ刀ノ重心ヨリ稍上方
 ニ責金ハ鐺ヨリ約百六十粍上方ニ設ク  寸法形状 圖の如シ

刀ハ柄ノ長サ約二握リ乃至三握リトス  第二佩鐶ハ着脱式トシ騎兵科ハ
之ヲ除ク(図中の記載文)

同服制中刀緒ノ部ヲ左ノ如ク改ム


名稱 将官同相当官 佐官同相當官 尉官同相當官准士官




品質  表茶色裏赤色ニ金絲
 三條山形ノ交織平打
 絹絲紐
 表茶色裏赤色ノ平打
 絹絲紐
 表茶色裏紺青色ノ平打
 絹絲紐
緒締  茶及金茶色絹絲  茶及赤色絹絲  茶及紺青色絹絲
 八十四條ノ金茶色
 絹絲網目織
 帶 金茶色絹絲組
 八十四條ノ茶及赤色
 絹絲網目織
 帶 茶色絹絲組
 八十四條ノ茶及紺青色
 絹絲網目織
 帶 同左
製式  全線ヲ折返シ兩端ヲ
 結ビテ總ヲ附ス
 寸法形状 圖ノ如シ
  同左   同左

 陸軍将校佩刀と大元帥佩刀の新軍刀は制定(裁可)日、公布日、施行日が全く同一日となっている。
 両新軍刀は目貫や刀緒に差がある丈で基本的にはほぼ同じ物といえる。
 同じ官報でも制式の説明の仕方に差があり、将校佩刀の方がより詳しく説明してある。
 ここで注意を惹くのは同じ金具でも呼称が違う事と、金具の色に表現の違いがある。
 呼称は「佩環」(大元帥佩刀)・「佩鐶」(将校佩刀)、金具の色は「銅色」(大元帥佩刀)・「銅鍍金」(将校佩刀)となっている。
 特に色は謎である。現代の銅鍍金は十円玉を磨いた色にしか上がらない。少なくとも黄土色や茶褐色は不可能である。
 又、現実の金具には、「色上げ」・「塗装」が多い。最初は銅鍍金の鮮やかな紫紅色だったのであろうか。
 透かし鍔は「金鍍金」とされているが、私の保有する透かし鍔全てと、今まで見た物に金の鍍金らしき物を見た事がない。
 戦後磨き上げて眞鍮地肌になった物は沢山あるが、殆ど色上げか、褐色系塗装の残色が明らかに確認できる。
 鞘の「青味を帯びた茶褐色」も色番号が指定されている訳ではないから解釈には大きな差が生まれて当然だったろう。
 鞘塗色が千差万別である理由と言えよう。九四式や九八式の初期には朱系、緑系の鞘は沢山確認出来る。

 こうして見ると、「制式」とは基本指針であって現実にはかなりの裁量幅が生まれる規格であった。
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陸 軍 新 軍 刀 制 定 新 聞 報 道

The report of army new Guntō establishment



昭和8年12月17日東京朝日新聞夕刊一面  December 17, 1933 Tokyo Asahi Shimbun

陸軍の新軍刀

陣 太 刀

兩事變の體驗で案出

                                                   (原文通りの漢字カナ遣いとした)

▼・・・陸軍では満洲 、上海兩事變の實戦に鑑み武人の魂である軍刀を新に制定する事は既報の通りであるが、いよいよ來る廿日
    頃勅裁を仰ぎ正式決定の運びとなった
▼・・・新軍刀は日本古來の陣太刀の形式によって實用と体裁を兼ね備へた立派なもので、その特徴は上は大将から下は少尉まで全
    然同一形式、唯刀緒によって區別されてゐるだけである
    柄も昔の太刀と同形、刀緒いずれも絹平打ち・幅三分長さ一尺二寸で表は茶色、裏は尉官は紺青色佐官は赤、将官は赤と金
    糸交ぜ織りで金色に見えるもので區別されてゐる、柄はほう材に白鮫皮を着せ、色革若くは絹糸、或は綿糸をまき、鞘も又
    ほう材で下鞘作り黒漆塗りを施しその上に鐵鞘を作り更に錆び止めの最新式方法を施し尚その上を趣ある帶青茶かっ色に塗
    られた堅ろうで優美なものである、ちう金(頭)口金(鯉口)石突(こぢり)帶取り(かん)等はいづれも黄銅製で金小縁付の優雅
    な金具を用ひてゐる、
    帶取りは第一、第二とあり第一だけ固定して平常用ひ第二はとりはずしが出來て正装の時にだけつける事になってゐる
▼・・・尚出來上った新軍刀は参謀本部において閑院總長宮殿下を始め奉り参謀本部御勤務の各宮殿下に既に台覧を仰いだとの事で
    ある【寫眞は新軍刀】


筆者注: 新軍刀が制定される前年の昭和8年12月17日、讀賣・東京朝日・大阪毎日等の各新聞や地方新聞で陸軍将校用の新らしい制
式軍刀が一斉に報道された。
 前日の16日、陸軍参謀本部に於いて、総長宮殿下を初め参謀本部勤務の各宮殿下の台覧を仰ぎ、将校仲間にも大好評であったと報
じ、この陣太刀型軍刀外装の概要が紹介されている。
 各紙は新外装を「絢爛優美」と表現し、「特に美しいのは伊勢神宮宝刀の黄金色の角菱に則った鍔」と紹介した新聞もあった。
 同月20日頃勅許を仰ぎ正式決定の運びと報じている。

 然し、勅令 (第二十六號) は翌9年2月14日制定、公布は2月15日、施行は3月10日 (陸軍記念日) と2ヶ月近く後になった。
 各新聞社の外装金具の名称は、太刀拵えと打刀拵えの名称が錯綜して全く統一が取れていない。
 新軍刀は太刀拵えだから太刀の名称に準拠すべきだが、打刀拵えの名称使用率が高い。
 江戸期の打刀拵えの影響が根強く残っていた為であろう。この混乱は皇室令や勅令の軍刀外装呼称に色濃く反映されている。
 刀剣専門家が介在していた筈なのに、太刀名と打刀名が混在しているのは不思議としか言いようがない。
 制式は「黄銅金具に銅鍍金」、「鍔は金鍍金」と規定しているが、現存実物外装塗色とは明らかに違う点が多い。
 この謎に就いては後述する。

 In major newspapers or a local paper, the new formality military swords for a military officer were reported all at once on December 17, 1933. As a result of carrying out a private view in an army chief of staff on the 16th the
previous day, this new military swords was large popularity at His Imperial Highnesses of the chief of staff, each His Imperial Highnesses of General Staff Office service, and officers. The newspaper is introducing the outline of the military-swords mounting which imitated the Tachi. Although published for details after the following page, it is not yet translating into English. Therefore, please see a figure.





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