日本刀考 戦時下の日本刀匠と序列 00

戦 時 下 の 日 本 刀 匠 と 序 列

鑑賞趣味 | 日本刀の常識を問う | 日本刀の地鉄 | 日本刀の構造 | 斬鉄剣・小林康宏 | 康宏刀作品 | ホーム
ページ内検索  大戦末期の刀匠と序列

大 東 亜 戦 前 夜 の 刀 匠 と 序 列

(昭和16年新作日本刀展覧会に見る刀匠と位列)

3月28日から4月15日迄上野東京府美術館で開催せられた大日本刀匠協會主催の新作刀日本刀展覧會出品者名は下記の如くである。
親しく第一線に將兵諸君と死生を共にし、修理に奉公された修理班寄属の刀匠刀装從事の諸君は前後實に700餘名、延人員にして一萬
數千名、夫等諸氏によって得られた貴重な體驗、又眞劍なる戰地の氣魄が鍛へ込まれた是等の作品、まことに大和魂の精華であり、
新軍刀としての輝きは萬古に香るものと云へよう。                   (「工學と工業」時の話題より原文のまま)

この3年後に開催された「軍刀技術奨励会」展の参加刀匠とは相違があり、序列の変化も参考になる。

大戦前夜・軍刀展刀匠第1部 (新作刀)


特別名譽席 (鍛刀總匠)

府県  出品者名
府県  出品者名 府県  出品者名
東京  栗原昭秀
室蘭  堀井俊秀
愛媛  高橋義宗
秋田  柴田 果
東京  宮口一貫斎壽廣
愛媛  高橋貞次
茨城  勝村正勝
福岡  小山信光
福岡  末次繁光
東京  吉原國家
福岡  小宮國光
愛媛  今井貞重   
福岡  守次則定
宮城  今野昭宗
鳥取  村山村光
東京  秋元昭友
東京  加藤祐國
廣島  梶山武徳
千葉  石井昭房
埼玉  佐藤昭則
東京  富田祐弘
宮城  高橋信房
東京  幡野昭信
京都  井上貞包
長崎  松林政重
新潟  遠藤光起
福島  關本頼正
福島  日下部重道  
新潟  上村貞清
岐阜  小島兼道
新潟  山上昭久
       (31名)


第一席 (國 工)

府県   出品者名
府県   出品者名 府県   出品者名
廣島   久保井政信
群馬   桐淵兼友
神奈川  森下宇壽
島根   川島忠善
大阪   沖本國忠
茨城   高野正兼
長野   宮入昭平
函館   竹下泰國
福岡   武藤秀弘
福岡   古賀久國
岐阜   纐纈(こうけつ)兼上
熊本   盛高靖博
愛媛   鳥生博正  
静岡   太田親秀
佐賀   中尾忠次
岐阜   小島兼則
大阪   高橋秀次
岐阜   藤原兼房
鹿島   越水盛俊
高知   中島詮秀
佐賀   木下吉忠
廣島   大江弘高
愛媛   松本貞光
佐賀   山口光廣
埼玉   井原輝秀  
島根   天津正清
愛知   藤原一則
東京   加藤恒泰
大阪   沖芝吉貞
大阪   沖芝正次
岐阜   小谷包義
高知   中島氏秀
鹿島   久保井正輝
兵庫   藤木誠忠
岡山   今泉俊光
熊本   森 武光
       (35名)


第二席 (準 國 工)

府県   出品者名
府県   出品者名 府県   出品者名
東京   吉原國展  
福岡   守次行宗
福岡   竹原宗光
熊本   笹原重信
大分   梶田守光
廣島   栗田正光
大阪   和泉朝吉
岐阜   栗山兼明
佐賀   元村保廣
東京   加藤眞平
長野   若林昭壽
埼玉   井原輝吉
東京   吉原正眞
室蘭   堀井信秀
岐阜   森田兼重
佐賀   田口正次
愛媛   白石宗重  
京都   大槻包治
埼玉   渋田輝勝
熊本   隈部正兼
新潟   井口貞一
新潟   佐藤清勝
岐阜   河合兼義
岐阜   浅野兼眞
岐阜   三輪兼友
岐阜   加藤壽命
岐阜   村山兼俊
高知   近藤昭國
東京   池田國忠
佐賀   木下忠秀
岐阜   武山義尚
岐阜   土岐亮信
静岡   堀田南國
島根   原 沖光
東京   塚本起正
山形   小林直次
新潟   今井貞六
鳥取   平井資護
兵庫   高塚正次
鳥取   金谷勝正
兵庫   遠藤朝也
島根   小藤弘光
新潟   五十嵐昭光 

       (43名)


第三席 (優 秀)

府県   出品者名
府県   出品者名 府県   出品者名
佐賀   小松要吉 
秋田   菊池國延
静岡   筒井清兼
岐阜   福本天秀
愛媛   小崎朝吉
群馬   今井兼継
秋田   大野國祥 
新潟   中林貞宗
佐賀   福田正光
島根   藤原善金
岐阜   篠田氏房
岐阜   丹羽兼久
賀   本島安吉 
岐阜   莊田正房
山口   藤村國俊
島根   礒部善信
秋田   佐藤重則
愛知   森 菊一


第四席 (佳 作)

府県   出品者名
府県   出品者名 府県   出品者名
千葉   龜入正雄 
岐阜   佐藤幸平
佐賀   福田吉光
岡山   中田昭徳
佐賀   田口忠行
島根   小林善次
島根   福島善定
岐阜   加藤孝雄
東京   塚本清和
岐阜   天地正恒
岐阜   後藤兼廣
大阪   沖芝正國
福岡   小山信房
福岡   田中正國
新潟   田中吉光
新潟   上村貞壽
佐賀   石井忠昭
青森   二唐義信 
島根   下田嘉光
茨城   岡島正忠
函館   西谷兼光
島根   横田正留
秋田   鈴木國慶
佐賀   福田定光
島根   岩田金豊
愛知   橋本武則
島根   坂本菊光
大阪   水野正範
愛知   鈴木正勝
佐賀   碇 正治
岐阜   坪井嘉秀
岐阜   高木義直
秋田   赤川國武
神奈川  小泉長善
山口   梶村昭國 
愛知   眞野正泰
山形   藤田吉包
島根   彌重善清
岐阜   塚原兼次
岐阜   長村兼清
岐阜   小林國道
岐阜   谷口正兼
岐阜   栗山兼正
岐阜   栗山兼晃
東京   戸澤芳國
群馬   秋山兼信
群馬   塚越兼春
宮城   青山正秀
岐阜   岡田義兼

       (49名)


第五席 (新 進)

府県   出品者名
府県   出品者名 府県   出品者名 府県   出品者名
埼玉   小谷野重直 
愛媛   今井清重
群馬   桐淵兼宗
福岡   河村幸光
山口   岡藤勝
岐阜   小川外藤
島根   藤木善元
佐賀   元村兼元
東京   塚本正知
新潟   山崎貞朝
岐阜   後藤兼成
佐賀   岩永正秀
東京   金子友秀
埼玉   鹽野輝壽
山口   梶川宗俊
長野   飯沼昭俊
愛知   藤原則次
大分   野田守國
愛知   竹内兼正
佐賀   福田忠保
佐賀   柴田國光
福岡   松永光保
福岡   柴田一祐
岐阜   吉田兼吉
宮城   宮城守國
青森   長尾國城
東京   林部圭宰
愛知   眞野國泰
愛知   柴田正弘
岐阜   加藤兼治
岐阜   松山嘉則
大阪   吉川吉隆
岐阜   高井貞次
愛知   森田兼房
新潟   江縫光忠
島根   川島 眞
福岡   瓜生信廣
岡山   小原千舟
岐阜   谷口義包
秋田   木島國光
愛知   江本一峯
岐阜   藤原兼藤
新潟   小黒宗廣
佐賀   太田忠清
福岡   井上信行
廣島   中原徳勝
秋田   岩野國宜
函館   堺 政次
山形   結城宗光
岐阜   吉田兼門
岐阜   大塚忠光
新潟   佐藤貞明 
東京   長尾陸奥
群馬   久保田兼清 
岐阜   小谷義継
秋田   信田延國
岐阜   加藤都男
島根   沖野正俊
愛知   八木義金
佐賀   宮城宗正
室蘭   沼澤武雄
岐阜   栗山兼正
熊本   木村兼重
島根   長谷川祐宗
佐賀   小川金丸
島根   寺本長三郎

        (67名)


第2部(研ぎ)、第3部(外装)、第4部(刃物工芸品)は省略


1
     

大 東 亜 戦 末 期 の 刀 匠 と 序 列

(昭和19年陸軍軍刀技術奨励会に見る刀匠と位列)

戦時下の刀匠は、「聖代刀匠位列表」(栗原彦三郎謹選)、「昭和戦時下関鍛治刀匠名簿」(関史)、「大日本刀剣商工名鑑」 (昭和17
年、刀剣新聞社)等で確認される。
昭和19年12月21日、陸軍兵器行政本部主催の「陸軍軍刀技術奨励会」 ( 於:軍人会館 ) が開催された。
「日本刀及日本趣味」の昭和20年新春特別号に参加刀匠とその作品の位列が掲載された。

米軍の都市爆撃により交通・運搬が困難な状況にあり、かなり未着の刀匠の刀があった。
審査は兵器行政本部将校軍刀鑑査委員会が行った。
刀匠序列は出展作の出来具合に依る評価であって、刀匠の絶対的評価ではないと断っている。
受賞作と無賞作品との差は、小さな鍛え割れ、僅かな地肌の荒れ、錵・匂いの現れ方などの微細な差でしかなかったと講評している。
審査委員は美術刀鑑賞趣味の人間で、刀の外観(地刃)の評価である。
別項で述べたように、地刃の美と刀身性能は全く無縁である。刀身の性能評価ではない点に注意。

【鍛錬刀の部】


入賞刀位列

序列・ 府県  出品者名 序列  府県   出品者名 序列  府県   出品者名
陸軍大臣賞(1名)
 1.青森   二唐國俊(栗原門昭弘)

総裁賞(4名)
 2.青森   二唐義弘
 3.佐賀   本村兼元
 4.佐賀   本村保廣
 5.東京    阿部靖繁(日本刀鍛錬会) 

会長賞(39名)
 6.佐賀    矢ヶ部清秀
 7.青森  二唐義信
 8.埼玉   佐藤昭則(栗原昭秀門)
 9.東京    小谷靖憲(日本刀鍛錬会)
10.神奈川 近藤昭國(栗原昭秀門)
11.神奈川 若林昭壽(栗原昭秀門)
12.長崎   松林政重
13.長野  降旗友麿
14.宮城   宮城昭守(栗原昭秀門)
15.群馬  栗原昭行(栗原昭秀門)
16.岐阜  中田兼秀
17.新潟  山上宗利
18.岐阜  森 國俊
19.東京  加藤眞義
20.大阪  川野貞重
21.長野  宮入昭平(栗原昭秀門)
22.岐阜  池田宗俊
23.岡山  太田安次
24.大阪  水野正範
25.佐賀  木下吉忠
26.新潟  山上昭久(栗原昭秀門)
27.島根  原 沖光
28.岡山  佐藤貞次
29.東京   村上靖延(日本刀鍛錬会) 
30.東京  吉原宜威
31.新潟  五十嵐昭光(栗原昭秀門)
32.青森  長尾國城
33.佐賀  山口光廣
34. 東京   島崎靖興(日本刀鍛錬会)
35.岐阜  丹羽兼久      
36.長野  櫻井親房
37.大阪  宮野一一
38.青森   藤田弘英
39.福岡  武藤光弘
40.福岡  武藤秀弘
41.東京  加藤眞平
42.宮城  宮城守國
43.埼玉  小谷野昭富(栗原昭秀門) 
44.島根  天津正清
45.東京  富田祐弘
46.福島  土澤昭正(栗原昭秀門)
47.鳥取   吉田勝則
48.熊本  三宅盛高



  ●印は陸軍受命刀匠 ( )の門下は筆者注



【入選指定刀匠の部】


府県   出品者名
府県   出品者名 府県   出品者名 府県   出品者名
下野   鈴木忠正
鳥取   金崎壽光
青森   小山内長芳
佐賀   福田正光
兵庫   水田國光
青森   長尾國城
秋田   大野國
東京   田口國隆
東京   吉原久義
東京   堀越忠和
東京   佐久間守國
東京   志村尚武
東京   森岡徳顯(とくあき)
佐賀   山口光廣
群馬   田中行慶
群馬   今井継義
岩手   安本徳定
福島   佐藤重親
岐阜   小島兼道
岐阜   武山義尚
岐阜   森田兼重
岐阜   小島兼則
岐阜   藤井兼音
岐阜   三輪静雄
山形   兵良直政
新潟   田村昭隆(栗原門)
愛知   鈴木一行
愛知   藤原武則
愛知   筒井清兼
愛知   廣瀬重光
新潟   上村貞清
埼玉   笹川昭良(栗原門)
宮城   松永泰光
京都   井上勝清
千葉   村山國次
茨城   高野正兼
岐阜   浅井敏秀
静岡   榎本頼吉
福岡   梶原廣光
京都   高島國秀
島根   坂本菊光
大阪   岡田源蔵
佐賀   田口正次
群馬   今井兼継
北海道  吉見泰次
熊本   三宅盛延
北海道  堺 政次郎
岡山   市原長光
佐賀   柴田國光
秋田   鈴木國慶
神奈川  川島輝光
青森   高橋正良
青森   高橋正直
東京   秋元昭友(栗原門)
新潟   井口昭貞(栗原門)
佐賀   小島安吉
群馬   高橋継政
岐阜   佐藤兼住
岐阜   藤井兼藤
岐阜   塚原兼次
岐阜   三輪兼友
愛知   小出良宗
愛知   酒井正俊
愛知   竹内兼正
愛知   森田兼房
愛知   竹内兼光
埼玉   新井光矩
茨城   岡島正忠
埼玉   井原輝秀
岐阜   森 金重
秋田   信太信國
千葉   森山兼茂
北海道  竹下泰國
岐阜   浅井敏正
岐阜   浅井安綱
岡山   平井正光
愛知   北村春信
岡山   石道正守
福島   塚本正和
秋田   菊池國延
新潟   田中良光
京都   河合義一
京都   森田正道
京都   森田次家
岩手   菊池國安
岩手   佐々木安國
秋田   岩崎延重
大阪   平松正知
大阪    小坂正美
大阪   池田正久
大阪   蝉丸正弘
香川   馬場継弘
富山   大西貞成
福島   猪狩保一
島根   樋野雲光
島根   松村宗光
埼玉   鹽野昭治(栗原門)
宮城   高橋景房

       (以上98名)


【一般刀匠の部】


府県  出品者名
府県  出品者名 府県  出品者名 府県  出品者名
鳥取  原田壽武
青森  藤田森宗
青森  藤田 英
岐阜  山田兼元
東京  小松靖吉(日本刀鍛錬会)
新潟  齋藤和房
島根  谷口正兼
島根  横田正留
島根  置 正吉
鳥取  平家安國
鳥取  金谷勝宏
佐賀  元村正秀
熊本  三宅盛親
鳥取  本間光國
東京  池田則行
東京  前田義輝   
大阪  土井 昇
佐賀  福田定光
東京  黒島頼康
岐阜  小島兼時
岐阜  足立兼行
岐阜  野呂正兼
奈良  喜多則長
宮城  菅野正光
東京  山川祐信
新潟  野村昭次
東京  幡野昭信
鳥取  林 長孝
愛知  眞野正泰
愛知  眞野國泰
福井  小原國重   
島根  大原忠綱
北海道 大束秀次
北海道 沼澤俊光
青森  保村保勝
福岡  野田吉國
鳥取  平井資護
福島  渡邊保定
北海道 進藤貞秀
大分  竹内國茂
高知  小松貞廣
島根  藤原善金
島根  曲戸金峰
佐賀  宮崎宗正
宮崎  井上善友
宮崎  大久保善國  
島根  小池金昌
宮城  三浦國光
福岡  小山信光
熊本  三宅忠利
熊本  三宅忠安
熊本  堤 天次
熊本  遠藤永光
宮崎  山本善盛
福岡  田中一切
宮城  淀川長次
大分  野田守國
大分  本荘國行
大分  安藤守行

      (以上59名)



【試斷の部】

序列 府県   出品者名
会長賞

 1.東京   加藤眞義
 2.佐賀   奥山直政
 3.福岡   武藤光弘
 4.新潟   田中吉光
 5.宮城   松永泰光
 6.長野   降旗友麿
 7.福岡   武藤秀弘
 8.佐賀   元村兼元
 9.大阪   水野正範
10.新潟   五十嵐昭光
11.宮城   鈴木忠正
12.秋田   鈴木國慶
13.秋田   大野國
14.佐賀   山口光廣
15.佐賀   田口正次
16.秋田   菊池國延
17.秋田   岩崎延重
18.福井   田中國継
19.北海道  吉見泰次
20.北海道  進藤貞秀

          (以上)
【造兵刀の部】

府県 出品者名
会長賞

岐阜 共進社     義昌
         
賞なし
 
岐阜 共進社     兼茂
岐阜 共進社     義忠
岐阜 共進社     兼正
東京 服部軍刀製造 梶@頼正
東京 服部軍刀製造 梶@頼正
 


【外装の部】


序列 府県  出品者名
会長賞

1.廣島 山田二三司 (戦時外装)
2.東京 東京軍刀統制工業組合(戦時外装)
3.東京 道明新兵衛 (戦時外装)

【特殊鋼刀の部】

府県 出品者名
会長賞

東京 東洋刃物 梶@  振武 

【研磨の部】


序列  府県  出品者名
会長賞

 1.青森  勝正 古川健次郎
 2.東京  繁正 久慈林喜兵衛
 3.東京  親房 進藤忠義
 4.東京  繁正 阿部義男
 5.富山  兼國 亀村順七
 6.佐賀  兼元 寺田頼助
 7.東京  昭秀 塚原脩蔵
 8.鳥取  正清 三谷義治
 9.佐賀  兼元 下田正憲
10.佐賀  兼元 田中ケサ
11.宮城  無銘 中側高

            (以上)


刀身性能の評価は唯一「試断の部」に見られるだけである。
軍刀技術展でありながら、刀身性能が如何に軽んじられていたかが分かる。
これが将校軍刀鑑査委員会の実態を如実に顕している。時局を考えるとピエロ(道化師)と言えなくもない。

「名もない地方の刀工の作に良い刀が多かった」という成瀬氏の戦場での検証は、こうした外観に偏重した刀剣界への風刺でもあ
った。
因みに、「鍛錬刀の部」で会長賞を受賞した栗原昭秀門の某刀匠のこの年に作刀された刀を戦後に購入された方が居られた。
その方は、戦後刀匠名を変えて人間国宝にまで昇りつめた刀匠の刀だから、さぞや性能も素晴らしいものだと思われた。
その刀の性能を味わう誘惑に駆られて試斬を実行された。
最初の一撃で刀身は見事に折れ飛んだ。試斬者は驚愕し、失望すると同時に大変立腹された。
どうにも承伏出来かねて、同県内のこの著名な刀匠に直談判をされた。
刀匠も大変戸惑ったことであろう。大変な騒ぎとなったが解決策がある筈がない。
刀の性能もさること乍ら、外観評価の高い刀が即ち性能も良いと安易に錯覚した試斬者の責任も無しとは言えない。
これは長野県で起きた関係者のみが知る実話である。

当事者間では悲喜劇の話で済むが、不幸中の幸いであった。昭和19年の作である。
これを名刀と錯覚し、若し戦地に携えた将校がいたならば、場合に依ってはその将校の生死を分ける悲劇を生んだ可能性がある。
北支派遣・笹沼歩兵軍曹は「刀と剣道」(雄山閣・昭和14年9月号)の「戦場の軍刀」で「現代刀匠の日本刀展で特選になった人の作が
雑誌を切って中央から折れた」と実態を述べている。
将校軍刀鑑査委員会を筆頭に刀剣専門家は、人の生死に係わる刀身性能を外観美のみで評価するという過ちを平然と犯し続けた。
彼等の虚妄の犠牲になった将校達もかなりいた筈である。日本刀神話で世間を惑わし続けたこういう輩は万死に値すると云えよう。

現在、有名刀匠、刀剣展覧会などで入選した刀は高価である。購入者は勿体なくて試斬をする事は先ずないであろう。
その為に性能の馬脚を曝さずに評価の幻想のみが温存されている。
夢を持続させたいなら、試斬などと云う無謀な性能確認をしてはならない。夢をぶち壊される可能性がかなり高い。
例え直ぐに折れようとも、地刃の素晴らしい刀を好しとするか、地刃がねむくても基本性能が確かな刀を良しとするかは単(ひとえ)に所
有者の刀剣観に基づく。
本項序列に限らず、新古の刀身外観に基づく世上の刀匠評価は概ねこういうものだと承知して置く方が怪我をしなくて済むようであ
る。
本表を、夢、日本刀の基本性能の序列と勘違いをされないように。序列表を掲載した筆者の責任から敢えて蛇足をした次第である。

昭和19年末と云えば、刀匠達も次々と徴兵され、陸海軍の特攻が日常化されていた時期である。
中国大陸に基地を置くB-29は、既に6月の北九州を手始めに日本々土の空爆を日常化していた。一億玉砕が叫ばれていた時である。
これが最後となった軍刀技術奨励会展覧会に出品された作品の状況は次ぎのようになっている。

昭和19年 陸軍々刀技術奨励会出展状況

種  別 出品点数 入選数     入  賞  数 落選   備     考
 指定刀匠 152 150  大臣賞(1)・総裁賞(3)・会長賞(34) 2
 一般刀匠 66 59  総裁賞(1)・会長賞(8) 7
 研 磨 刀 62 49  会長賞(10) 13
 試 斷 刀 21(他3) 13  会長賞(8) 7 試斷刀の他3は試斷未済分
 外 装 19 19  会長賞(3)

 造 兵 刀 6 6
 会長賞(1)

 特 殊 刀 1
1
 会長賞(1)

 参 考 刀 22




   計 349(他3) 297  大臣賞(1)・総裁賞(4)・会長賞65) 30


逼迫した戦況と本土爆撃の末期的状況の中で、これだけの刀匠が作品を出展できた事はある面で驚異的であったといえる。
奨励会終了後、入賞刀の短評座談会が行われたが、夕刻の交通手段の不安と灯火管制の為に午後4時で座談会は早々に切り上げられ
た。当時の状況を端的に表している。
爆撃の被害と交通の途絶で、未着の作品や出展を諦めた刀匠もかなり存在し、今となっては不参加の刀匠名を知る術もない。

                                           「日本刀及日本趣味」(K.森田様ご提供)


2013年9月21日より
ページのトップへ

日本刀の常識を問う  ホーム  日本刀  軍刀について(軍刀抄)
 戦時下・関の日本刀