軍刀抄(12)0

陸 軍 受 命 刀 匠 規 格 刀

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受命刀匠規格  The sword of an army commission swordsmith


受命刀匠刀の仕様書について


戦時中に陸軍受命刀匠達が陸軍造兵廠に納入した刀剣を何と総称したら良いのだろうか?
将校用軍刀では範囲が広すぎるし、受命刀匠刀・受命刀匠軍刀などを候補として挙げたいが、何か他に良い呼称がないものだろうか。
陸軍は将校用軍刀の増産を図るため、昭和17年3月頃から各都道府県庁を通じ、そして各県は更に各地の鍛冶組合・金物組合或いは
刀工に軍への刀剣の製作納入希望者を募った。
納入する刀剣の材料(玉鋼・包丁鉄・木炭)は全て陸軍から支給するという好条件であった。
陸軍へ刀剣を納める資格を得る為には、二振りの鍛錬刀を製作して、担当地区の造兵廠に持参又は送り届け、軍の厳しい各種試験
(重錘落下試験、棟打ち、平打ち試験、切味試験など)に合格する事が条件であった。
軍の試験に合格し、晴れて彼らは”陸軍受命刀匠”となったのである。

さて、本題は、彼らが陸軍受命刀匠となってから、どのような刀剣を製作し軍に納入したのであろうか?
納入する刀剣の形状・寸法・性能などについて、陸軍が要求する統一的な”基準”の様なものが有ったのだろうか・・・という疑問は
以前から私の中にあった。

しかし、このたび、「将校用軍刀々身加工仕様書」が昭和17年4月発行の「作刀研究」に載っていたので、受命刀匠が製作し納入した
刀剣がどんな仕様に基づいて製作されたのか些か分かったので、下記にその全文をご紹介致します。

「作刀研究」に載った「将校用軍刀々身加工仕様書」から何を読み取る事ができるだろうか、主なものを列挙する。

1. 刃鋼・心鉄には炭素含有量の基準があった事。(第1条3項)
2. 「作刀研究」に載った「将校用軍刀々身加工仕様書」には刀身の各部の寸法などを記した図面は載っていないが、反り、身幅、
  重量、切先の長さなど各部の詳細な寸法を記した標準図のようなものが存在し、刀匠に配布されていた事が窺われる。(第1条7
  項、10項) 
  今後、ぜひこの図面を見てみたい。
3. 刀身の長さについては、大・中・小の三区分が有り、それぞれ長さと重量の基準値が有った。
  中心(茎)の長さは、七寸と決まっていた。(第1条8項)
4. 寸法形状は、標準の諸寸法と僅少の相違は許容されたが、重量については厳格であった事。(1条10項)
5. 軍(造兵廠)に納入時の刀剣の試験・検査法について良く解る。(第4条各項)
  特に、巻藁二束の切味試験と2ミリ厚の極軟鋼切断試験は全納入刀に対して実施された。(第4条4項)
6. 抜き打ち的に任意に抽出して行われるとする撻撃試験(たつげきしけん)とは、実際にどの様な頻度で行われたのか分からないが、
  80ミリ径の鋼管に対し刀剣の平を激しく打ち付け、60度まで曲げて折れない事を確認する試験であった。(第4条1項,2項)

                                                            (2007 K 森田)

     


原文は旧漢字・片仮名表記のため、読み易いように現行の漢字と平仮名に改め、適宜句読点を追加した。
また、漢数字を算用数字に改めた箇所もある。
粍(ミリメートル)・糎(センチメートル)は、mm・cmに改めた。
尺貫法の重量の単位である匁(もんめ/1匁=3.75g)は、そのまま表記した。

将校用軍刀々身加工仕様書


第一条 本品は別紙図面並びに左記各号により製作し、上研を施し納入するものとす。

  一、全般的外観は寸法形状に均衡あり上品にして強き形姿を有し、切味良好にして特に平打及棟打に対して強靱なる性質を有し
    容易に折損せざるものなるを要す。

  二、形状は鎬造りにして華表反りとす。

  三、本品は玉鋼及包丁鉄を以て木炭を使用し製作するものとし、制作者の最も得意とする鍛錬方法及硬軟組織の組合せにて可な
    るも、其の実施要領に就きては作業着手前に届出づるものとす。(別紙様式四通)
    刃鋼の炭素含有量は0.5〜0.7%の範囲とす。
    心鉄は包丁鉄に炭素を吸収せしめたるものにして数回の鍛錬を施し、介在物尠く炭素含有量は0.05〜0.25%の範囲とす。

  四、刃文は随意とするも刃文の深さは中程度とす。

  五、中心の形状、鑢仕上及刻銘は特に入念に行ひ、銘は外装の一般型式と一致せしめ佩裏に製作年月日(干支にても可なり)
    を彫刻するものとす。

  六、刀身の肉置は棟地鎬地平にして、地及刃は適度なる弧形を有する蛤刃とし、凸凹なく地研をなし、筋及角は一の曲線又は直
    線にして、表裏対称の形状を有し、砥石跡及「シケ」なく、地肌よく現れ、焼刃に沿ひて刃を拾ひたるものとす、鎬地及棟
    地は磨棒を用ひて研磨し、ハバキ附近は附刃せず、小鎬と松葉角の交点に於て重ねを若干増す如く研磨す、刃区・棟区の寸
    度は定寸に対して負を許さず。

  七、反、身巾、重、切先の長さ其の他各部の寸法は図示の通とす。

  八、長さ及び重量
     刃渡  小 2.0〜2.1尺  195〜205匁
          中 2.1〜2.2尺  205〜215匁 
          大 2.2〜2.3尺  215〜225匁
     中心  7 寸

  九、大、中、小の製作区分につきては別に示す。

  十、完成品の寸法形状は、添付図面と僅少の相違は許容し得べきも、重量の相違は許容せざるものとす。

  十一、鍛刀者(焼入を含む)と刻銘者は同一人なるを要す。

  十二、鍛錬方法及硬軟組織の組合せを改変せんとする時は、官の許可を得るを要す。

第二条 製作上疑義の点は作業着手前当廠の指示を受くるものとす。

第三条 本加工のため別紙交付材料調書の通素材を交付す。
    交付材料を以て全数を製作し得ざるときは不足分を有償交付す、但し材料不良に基因する不足分は無償交付するものと
    す。交付材料より生ずる過剰品(未加工材料及半途製品)並不合格品は官に返付するを要す。

第四条 検査は左記各号に依り行ふものとす。
    
  一、持込の上、撻撃試験、切味試験、外観検査及び材料検査を行う。  
    撻撃試験、切味試験は第一次持込(中名倉)の際行ひ、外観検査は第二次持込(研磨完了)の際行ふものとす。
    撻撃試験及材質検査は所要に応じ検査官の抽出する任意の一振りに就て行ひ、切味試験、外観検査は全数に就て行ふものと
    す。

  二、撻撃試験は鋼管(直徑 80mm)に対し平打を行ひ60度湾曲するも折損せざるものたるを要す。
    撻撃試験に不合格の際は合格品を得る迄検査を繰返すを本則とするも爾後の作業に関しては官の指示を受くるものとす。

  三、材料検査は前項供試品につき断面の顕微鏡検査を行ふものとす。

  四、切味試験は巻藁(直径約10糎のもの二束)及極軟鋼板(厚2mm、幅1cm)につき試験するものとし、前者は切味良好にし
    て切込量12cm以上、後者は刃コボレなく切断し曲りなきを要す。

  五、外観検査
    (一)全般的外観は均衡を保ち、寸法、形状及重量は規定の範囲内なるを要す。 
    (二)刀身は刃切れ、地金疵、焼割れ、その他有害なる疵の存在なきを要す。
    (三)研の程度は仕上見本と略同等とす。 


この刀身の原点は、昭和13年9月16日の陸普第五六六八號に係わる将校用軍刀の製作命令による。これを受けた陸軍兵器本部は、昭和
15年8月16日、試案を纏めて陸軍大臣に実施を申請し、翌日認可された。
15年度中に指定刀匠を使って仕様に基づいた若干の試作刀が作られ、陸軍戸山学校で性能の実践検証が実施された。
統一性の無い日本刀を規格化する初めての試みだった。
同時に服制の「軍装用軍刀」を「兵仗化」する狙いがあった。刀身の制式化である。
上記の加工仕様書は制式仕様を刀匠に指示したものである。

名古屋陸軍造兵廠関分工場長として軍刀製作の指揮を執った尾藤少佐は、受命刀匠が制式規格に則って作刀する刀身を「陸軍制式現代
鍛錬刀」と回想記に記述している。この「制式現代鍛錬刀」が軍の制式名だった可能性がある。

 この造兵廠に納入された刀身茎には、
 @ 陸軍素材検査合格印の「星印」だけのもの 
 A「星印」と茎尻の方に番号刻印あるもの 
 B「星印」と茎棟に検査印のあるもの
 C「星印」と小さい「関印」があるものなど多様。

受命刀匠指定前に作刀した物、受命刀匠期間中であっても、特殊な事情で造兵廠に納入せずに直接販売した物にはこれら検査印、番号
刻印等は付かない。

茎裏に製作月日が切られていない刀は、受命刀匠規格刀であっても、造兵廠に一旦納められた刀ではない。
又、大切先であったり、反りが深かったり、重過ぎるなど、仕様書及び図面の指示する寸法規格の許容範囲を大きく逸脱した”規格外
の刀”は造兵廠に納入されず、直接刀剣商や将校に販売された。これらには星や番号の刻印は当然無い。

昭和18年11月、「決戦下の日本刀」と銘打った陸軍兵器行政本部主催の「陸軍軍刀展覧会」が上野・松坂屋で大規模に開催された。「昭和刀ニ就イテ」の パネルでは模擬刀、模造刀とすべきとし、一方では「造兵刀」、「耐錆鋼製海軍刀」、「興亜一心刀」は別に出品されている。昭和刀とは別の認識だった事が注目される。新作日本刀展は軍刀展の開催で終止符を打たれた。

昭和19年12月、陸軍兵器行政本部主催の「陸軍軍刀技術奨励会展覧会」が軍人会館で開催された。(出展刀匠名参照)
この軍刀展では「試斬刀」、「鍛錬刀」、「造兵刀」、「特殊鋼刀」の各部門に別れていた事が特筆される。
「特殊鋼刀の部」では、東洋刃物株式会社が 、銘:「振武」 、刃長:二、一七尺の刀を出品して会長賞を受賞した。
「造兵刀の部」では (有)関共進社から「義昌、兼茂、義忠、兼正」が、東京の服部軍刀製造株式会社からは「頼正」が出品。
「鍛錬刀の部」には、受命刀匠の市原長光が、「岡山・市原長光」として 刃長: 二、一二尺の刀を出品して入選した。

                               造兵刀が東京の協力企業でも造られていた事が興味深い


2013年9月20日より(旧サイトより移転)
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